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『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』 映画 鑑賞記録
気になっていた本作、たまたま試写会にお誘いいただいて鑑賞しました。内容の予備知識はなくポスターからBL系?と思ってたけど違いました。血の繋がりのない兄弟や周囲の人々の愛を描きながら、社会状況の厳しさも痛烈に訴えてくる物語でした。
上映後の映画ジャーナリスト 立田敦子さん と翻訳者 長夏実さん のトークでは興味深いお話も聞けました。
とてもいい作品で観終わった後にしばらく余韻が続きました。メインのプロットは比較的シンプルなので筋については軽めにして、純粋にわたし個人の感想を書こうと思います。
ネタバレには配慮しますが、気になる方は鑑賞後にまた遊びに来てくださいね!
原題 富都青年 / Abang Adik
邦題 Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり
監督 ジン・オン 王礼霖
115分
あらまし
マレーシア、台湾合作映画。言語はマレー語、中国語、英語、それに手話が加わるが、わたしの拙い語学力では多くの部分が中国語で話されていたようだった。
舞台はマレーシア、クアラルンプールの富都(プドゥ)というスラム地区。ウー・カンレン 吴慷仁 演じる アバン 阿邦と ジャック・タン 陳澤耀 演じる アディ 阿迪 の兄弟は事情でIDを持っていない。
周囲には同様の生活環境の人々がお互いを支えあって暮らしている。タン・キムワン 邓金煌 演じるトランスジェンダーの マニーは彼らの母親代わりだ。
アバンは聾啞者で鶏肉の精肉工場で働いている。アディは割りよく稼げる危ない仕事しかしない。そんな弟を心配するアバンやマニー。
ある日事件が起きる。
社会背景
彼らの生活環境は劣悪だ。勉強不足で知らなかったが多民族国家であるマレーシアはIDに種類があり、社会の全ての権利を享受できるIDを取得するハードルが高いそうだ。アバンやアディは最低ランクのIDさえ持っていないので銀行口座が作れず運転免許も取れない。教育機会もなく保険にも入れない。だから就ける仕事が限られてしまうのだ。
そんな生活困難者や社会の片隅に押しやられてしまっている人々を助けるNGOもある。セレーン・リム 林宣妤 演じる ジアエンはそこで献身的に働いている一人だ。アディには離れたところに父親が生存しており、親子関係を証明できればIDが取得できる。その手助けをするのが ジアエンだったのだが…
ずっと以前、シンガポール旅行の途中でマレーシアに入国したことがある。陸路での国境通過は、わたしだけではなく多くの日本人にとってスリリングなのではないだろうか。
バスで検問所を通過する時にバスの中に警察犬が入ってきたのにはとても驚いた記憶がある。ものものしさ半端なく、何も悪いことはしていないのに怖かった。
そんな風に陸路で人が出入りできるのだから、身分証明の制度を厳しくしなければならないのは、想像に難くない。でもアバンのように、火事で両親が亡くなり親子関係を証明できるものがない、というだけでIDを取得できないという、ある意味理不尽ともとれる制度には驚いてしまう。しかも彼は聾唖者なので、生活上の苦労はいかばかりであろうか…
マレーシアにはそんなIDを持たない人が30万人もいるらしい。そのあたりは本作の公式サイトに詳しいので参照されたく。
兄弟、疑似家族
本作には兄弟がお互いの頭でゆで卵を割って食べるシーンが何度も出てくる。アバンは精肉工場で日々その玉子の親の鶏を屠殺している。これは比喩かではないかと思い、つらつら考えてみるものの未だ判然とはせず。
玉子を割るシーンは兄弟愛を象徴しているといっていいだろう。だが一方で親となる鶏を潰しても、その子である玉子を割るにはお互いで痛みを分かち合わなければならない… いずれにしても一見温かくコミカルなこれらの映像から、日々困難に直面している彼らの言葉にならない悲痛な叫びをわたしは感じてしまった。
母親代わりのマニーとの食事シーンはいつも温かくて、本作の唯一のぬくもりだ。マニーの配役については上映後トークでお話が聞けたが、マレーシアはイスラム国家なのでトランスジェンダーである彼女の役をマレー系国民は演じることができないそうだ。
そのあたりの人種や言語などの複雑さも、日本に住む身には考えさせられる。
ウー・カンレン 吴慷仁
本作に興味を持ったのはこの人が主演だったから。それ程沢山観ている訳ではないが観るたびに上手い俳優さんだと思う。だが今回の演技は圧巻の一言だった。
特に、終盤の長回し独白は、聾唖者ということが脳裏から消えてしまうほどに饒舌で、観ていうこちらの心を深くグサグサと刺してくる。声にならない悲痛な慟哭。心の奥底から溢れ出てくる、言いようのない無念さ、無力感。
途中、絶望のあまり光が消えてしまった目に、再び光を取り戻していく様子も、人間技とも思えない神がかり的な演技だった。
徹底した役作りをする方と聞く。しばらく前に役作りでげっそりやせ細った姿を見たのはこの役のためだったか。AERAのインタビューによれば、周囲の難色を押し切り精肉市場で3週間働き、実際に100以上の鶏をさばいたそうだ。尊敬しかない。
どういう心理で、アバンがあの行動を取ったのか。アディはそれで納得できたのか。
鑑賞直後にはいろいろな疑念や想念が頭の中を渦巻いた。が、だんだんと消化できてきた気がする…
この映画は多くの社会問題を提示しながらも、どんな人の心にもある愛や善の気持ちを描きたかったのではないだろうか。
アバンという崇高な精神の人物。その彼を見事に体現した 吴慷仁。
彼の目の輝きと美しい涙は、ずっと心の中に残ると思った。
本作は第97回アカデミー賞国際長編賞部門のマレーシア代表作品だそうです。同じアジアに住む人間のひとりとして、多くの人の目に留まればいいなと願っています。
今日もお読みいただきありがとうございました!