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『無名』③ 中国映画 鑑賞記録

中国映画『無名』レビューのパート3(一応ラスト)です。今回はランダムに散りばめられた本編のシーンを、起こった順番通り時系列に並べ直してみたいと思います。整理されたストーリーを知りたい方のご参考になったらいいなと思いつつ…(解釈は間違っているところもあるかもしれません)
全体的にネタバレになりますが、具体的な描写は明かしません。

おそらく長くなってしまいますが、よろしければお付き合いくださいねー!

※ 日本公開に先立ち名称その他の日本語を追記しました(2024/2/14)


【Part 1 はこちら】


【Part 2 はこちら】



文章で書くと超ロングになることが予想されるので、年表スタイルを採用(笑)記述は映像を観て分ることのみ。個人的な解釈は「注釈※」として最後に掲載する。

无名 微博


【1937年以前】
・ 叶 イエ 婚約する

【1938年】
・ 何 フー 広州陥落前夜に日本軍の攻撃から避難
・ 9月 日本兵の兄(空軍) 戦闘機で愛犬ルーズベルトと共に墜落

【1941年】上海
・ 何 フー 上海で国民政府政治保衛部の主任
・ 叶 イエの同僚(王 ワン) ダンスホールで叶の婚約者を下心を持った目で見る
・ 叶 イエの婚約者(方 ファン) ダンスホールの帰り、日本兵殺害に関与
・ 叶 イエ 国民政府政治保衛部の秘密工作員として暗躍
・ 唐部長 タン 何、日本軍軍人(渡部)と共に座敷で密談後、南京へ
・ 6月23日 何 フー 国民党工作員の江を尋問 上海要人リストを入手
・ 12月8日 真珠湾攻撃 日本軍、上海租界を接収

1944年】上海
・ 11月10日 汪精衛(汪兆銘)愛知にて没
・ 唐部長 タンと何 フー、座敷で密談 日本軍と汪兆銘政権決別の方向

【1945年】上海
・ 5月 日本兵(貴族院大山公爵)ら 井戸を見つける
・ 何 フーと陳 情報が仕込まれたナポレオンケーキの箱を受け渡し
・  中国共産党の拠点で大山公爵の暗殺を指揮
・ 貴族院大山公爵 上海奉賢で撃たれ没
・ 日本軍軍人(渡部) 叶に大山公爵の遺体確認を指示
・ 叶 イエ 屋台「凛」で張の部下に暗殺が汪兆銘政権に漏れたことを伝える
・ 叶 イエと同僚(王 ワン) 食堂で蒸し排骨の朝食後、車で公爵の遺体確認に
・ 張 ジャン 情報漏洩で汪兆銘政権へ逃避を決意、唐部長 タンに電話
・ 何 フー、唐部長 タン、日本軍軍人(渡部) 座敷で密談 何に張の処置を任せる
・ 張 ジャン 何 フーに共産党幹部の拠点をリーク、何が 張 ジャンを殺害
・ 大山公爵 葬儀、汪兆銘政権との会議に日本軍幹部欠席
・ 日本軍 共産党拠点を襲撃、汪兆銘政権側からは叶のみ参加
・ 叶 イエの同僚(王 ワン) 母と妹で父親の誕生日ディナー
・ 叶 イエと日本軍軍人(渡部) 座敷で会食 
・ 叶 イエと婚約者 ファン 洗面の鏡前で口論 ショックを受ける叶
・ 叶 イエ 日本兵集団を殴り倒す
・ 叶 イエ 鏡の前でスーツに付いた血をこすり落とす
・ 叶 イエの同僚(王 ワン) 叶の婚約者を襲って殺害
・ 叶 イエ 事務処理の帰り同僚(王 ワン)と会話、疑念を持つ(※1)
・ 叶 イエ ダンスホールで婚約者を探すが見当たらない
・ 叶 イエ 事務処理室に落ちていた新聞で婚約者の死を知り、荒れ狂う
・ 何 フー、唐部長 、日本軍軍人(渡部)、叶、同僚(王) 座敷で会食
・ 何 フー 自らの発言(「都是战争罪犯」)により身元がバレる
・ 叶 イエ 同僚(王)を殺害(※2)
・ 何 フーと叶 イエ 窓辺で今後の対応打合せ(「保重」)
・ 何 フー 陳の部屋へ 久し振りの逢瀬
・ 叶 イエ 鏡の前でネクタイを結び直す(※3)
・ 何 フーと叶 イエ 陳の部屋と階段で激闘 何は捕らえられる
・ 叶 イエ 日本軍軍人(渡部)から『関東軍兵力配備要図』を見せられる
・ 叶 イエ執務室で国民政府政治保衛部主任の任命証を受け取る(※4)
・ 唐部長 タン 秘密裏に処刑されたとの情報
・ 8月15日 日本敗戦 何 釈放される
・ 叶 イエと日本軍軍人(渡部) 捕縛されトラックの上から 何 フーを挑発(※5)
・ 叶 イエ ロッカールームで日本軍軍人(渡部)を殺害(※6)

【1946年】香港
・ 陳 チェン カフェで見知らぬ男性からコーヒーを御馳走される
・ 叶 イエ 同僚(王)家族の食堂『仁和餐室』で活き海老を食し両親と会話
・ 何 フーと叶 イエ 寺で再会
・ 何 フー ナポレオンケーキ店を外から眺める


劇中何度も舞台となる料亭 芸者さんの京言葉や着物の所作がやや中途半端なのはご愛敬(笑)
王一博の会釈や盃の上げ方など和のマナーは完璧に美しかった!! 无名 微博




注釈(※)と王一博の演技について

【※1 叶 イエ 事務処理の帰り同僚(王)と会話、疑念を持つ】
このシーンの王一博の表情は本作中の秀逸な演技の一つに数えられるだろう。
鏡の前で婚約者と口論になり辛い言葉を浴びせられた 叶はその後、日本兵を何人も殴り倒す。そのことを同僚(王)から指摘されて「心情不好」(気分が悪かった)と答えるのだが、「子供か?」とからかわれた上に「彼女とモメたか?」と追い打ちを掛けられる。そこで(何故知っているのか)という疑念が芽生える。直感かもしれない。問い質すと案の定彼は、「大人だからそうかと思っただけだ」といい逃れようとするが、ますます怪しさは募る
ーーというシーンだ。
疑念の表情から、うつむき、再び目を上げた時には一旦相手を安堵させるような蔑むような笑みを浮かべ、振り返って去り際にはその笑みがみるみる消えて背筋が凍るような表情に変化していく。その様が、圧巻だ。


舞台裏ではとても気が合い仲がよかった二人
王一博 微博


この時の表情が圧巻! 王一博 微博



【※2 叶 イエ 同僚(王)を殺害】
ここでの 叶 イエの涙はいろいろな見方ができると思うが、わたしは同僚(王 ワン)が引き金を引いた瞬間に全て(彼が婚約者を殺めたこと)が決定的になってしまった哀しみ故だろうと想像する。どこかで相手を信じていたかったから、撃つまでは一縷の望みを捨てていなかったのだろうと。
冷徹なスパイの顔の中に見せる人間らしい一面が表現されていて、素晴らしい演技だった。


【※3 叶 イエ 鏡の前でネクタイを結び直す】
ネクタイを結ぶシーンは何度か出てくる。彼が様々なネクタイを結ぶのは外から見える自分の身分をカモフラージュするため。ネクタイは偽りの身分というメタファー(暗喩)だと解釈する。立場(ネクタイ)をとっかえひっかえするのだ。
だが婚約者の彼女は彼のそのキチンとした身なりが気に入らないともいっている。彼女にとってはネクタイを結んだ姿が裏切りの象徴に見えるのだろう。

また最後の日本軍軍人とのシーン「あなたはその軍服を脱いではいけません」とも対比をなすメタファーであろう。相手の象徴である軍服は一生背負うべきものだというのだ。その時、叶自身はノーネクタイなのである。すなわちこの時の叶 イエは偽りの身分ではなく、彼本来の姿だという意味を表していると思われる。


【※4 叶 イエ 執務室で国民政府政治保衛部主任の任命証を受け取る】
叶の名前が劇中で語られるのはこの書面上のみ


【※5 叶 イエと日本軍軍人(渡部) 捕縛されトラックの上から何を挑発】
ここも王一博の演技力が評価されるシーンだろう。手錠を掛けられ国民党軍に護送される叶と日本軍軍人(渡部)。偶然トラックの下を 何が通る。それに気付き、頭をピストルで "バーン!!" と撃つようなジェスチャーで 何 フーを挑発する 叶 イエ。この時の身の毛がよだつような鬼気迫る表情が秀逸だ。本来の彼が持ち合わせていないであろう人間のダークな側面を 目に見える形で表現し切れていることに感嘆するばかりだ。
このシーンには深い意味(「希望你能到潜伏最后一刻」)が込められている。改めて後からよく見ると 何の表情にもそれが窺われて、梁朝伟の上手さに舌を巻く。


トラックの荷台に立つ 叶 王一博 微博



【※6 叶 イエ ロッカールームで日本軍軍人(渡部)を殺害】 
まずナイフ自体が英題通り hidden blade なこと、そしてそのタイトルの由来としてもここが本作のヤマ場であろう。王一博の演技としても、個人的にここが一番素晴らしかったと思っている。
その瞬間、周りを凍り付かせるような迫真の演技。思わず寒気に襲われる。そして鏡に映った空洞のような目。本当に空っぽの、何も映していない暗い、暗い目。この目ができる俳優はなかなかいないのではないだろうか。役者本人のどこを叩いても出てこなさそうな暗さをほんの数秒間で表現できる彼の、俳優としての高い素質を改めて感じさせられる。
とにかく一言。素晴らしかった!!


ロッカールームの叶  一博 微博


まとめ

誰が敵で誰が味方なのかも分からない冷たい世界。愛する人とも別れ別れで 国のため、主義主張のため、自分の信じるもののために命を賭して闘う「名も無き」人たちの物語。けれどどんなに力を尽くしたとしても、どの立場であっても、世の流れには抗えない無情さ。傷つき哀しみを背負って歩いていく彼らの未来に光が差すようにと、祈らずにはいられなかった。

王一博の演技スタイルは、寡黙で落ち着いた佇まいの中でキラリと光る真っ直ぐなものや人間らしい心の揺れを、ほんの僅かな表情の変化と静かな仕草で表現できることだと思っている。10代から芽吹いていたその才能が益々大きく太く枝を伸ばしつつあるのを感じた作品であった。
この作品が彼のキャリアパスの一つの節目、本格俳優として新しいステージの第一歩となったことは確かだろうと思う。

当然のことながら、梁朝伟、周迅はじめ共演の方々の演技も素晴らしかった。特に短いシーンの中で存在感を印象付ける 周迅はさすがとしか言いようがない。梁朝伟は穏やかな表情の奥に見せる謎や激しいアクションの役者魂が光っていたと思う。大先輩との共演で王一博も多くの学びを得たことだろう。日本軍軍人役の森博之はストーリーを引っ張るナレーション的な立場を担ったが、渋い重厚さの中に脆さが見え隠れする演技が巧みで、日本人として誇らしかった。


无名 微博



最後に、素晴らしい作品を創出し、王一博をキャスティングして出さった程耳監督に感謝したい。
次回作『人・魚』(王一博主演)も楽しみ!




作品への愛と共に暑苦しい王一博愛をこれでもかと書き連ねてしまい、大変失礼いたしました(汗)

キャスティングから撮影、公開舞台挨拶まで全ての過程で彼が大きな手ごたえや俳優としての遣り甲斐を感じた、彼にとって思い入れの深い作品であろうことが伝わってくる佳作だと思っています。わたしも大好きな作品です。

2023年5月19日現在本作はまだ日本公開が未定ですが、映画という芸術作品のひとつとして沢山の人に鑑賞して頂けることを願い、早い上陸を心待ちにしています。
(2023年10月26日 全国公開決定 2024年5月3日~上映 ※2024/2/14追記

拙い感想の長文にお付き合いいただき、どうもありがとうございました!
次回からは短く書くことを目標にしたいと思います(笑)

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