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『無名』② 中国映画 鑑賞記録

中国映画『無名』の感想パート2です。
概要はパート1で説明してあるので、早速本題に入りたいと思います。
今回は、ネタバレなしのあっさり目感想+メタファー集、の予定。
未視聴の方も多分、お読みいただいて問題ないかと思いますが、気になる方は視聴後にまた来ていただければ嬉しいです!

※ 日本公開に先立ち名称その他の日本語を追記しました(2024/2/14)


1はこちらからご覧ください。




パート1でも書いたように本作はパズルのピースをランダムに投下するような形式で描かれている。最初はバラバラな内容だが、その一つ一つに意味があり無駄なシーンは一つもない。それらが徐々に形を成していき、ラストに最後の1ピースが填まったところで全容が明らかになる。その瞬間の、まさに戦慄が走るような衝撃が、本作の大きな魅力だろう。

であるからして、今回は敢えてそのピースを映画の登場順に追って書いていきたいと思う。ちなみにパート3では、出来事の時系列に沿って編集し直すような形にする予定。お楽しみに。



陳小姐 无名 微博


【導入部分】による作風の説明

最初の映像はロッカーの前に座っている 何 フー
香港のカフェでは 陳 チェンが見知らぬ人からコーヒーを御馳走される。
ある部屋の鏡の前では 叶 イエがネクタイを結び、何かを決心したように鏡の自分を見据える。
この時点ではそれぞれ何の繋がりも見出せない3つのシーンなのだが、その後これらが全体の流れの中で一つの役割を持っていることがわかってくる。

場面はその後、とある食堂に移る。 叶 イエと 同僚の王 ワン蒸しパイグーの話などをしながら朝食を摂っている。食後車に乗ってどこかへ向かうのだが、その車中でもパイグーの話になっている。
これが最初のメタファー(暗喩)であろう。王は朝食とは一人一人でオーダーするもの、と言っているのに 叶は 王の頼んだパイグーを食べてしまっている。しかも量が少ないと店のせいにしている。この状況を真逆にした事態が後々起こるのだ。すなわちこのシーンは一つの伏線ともいえるのである。

さらにシーンは移り、とあるホテル。部屋には数字ではなく「し」「あ」などひらがながついているところから、ここが日本軍の関係施設であるとわかる。「き」の部屋をノックして入る 何。部屋にいるのは 張だ。何は 張から事情を聞いてメモを取っている。とても物腰柔らかな 何。笑顔も交えて穏やかに話しているが、逆に張は緊張の面持ち。なぜなら 張は中国共産党から 何の所属している組織へと鞍替えを希望しているのだ。
何 の所属は汪兆銘政権の秘密工作員であるので、その転属の動機や秘密情報を聞き出している。その話の中で冒頭に出てきた 陳が登場する。張 は彼女と5年間一緒に暮らしているという。メモを取る際、張 ジャンが 陳小姐 チェンの名前を語る前に 何 フーはノートに 陳の名前と職業をスラスラと書く。この描写で 何と 陳は関係があることが分るのだ。
そして 張はその陳から奪ったという銃を持っている。その時微かに動揺を見せる 何 フー。これも後に繋がる伏線である。

その後 何は食堂に行くが、食べながらふとシャツの左腕部分に付いた小さな血痕を発見するのだった…

さて、ここまでで約13分。序盤だけでこの濃密度な構成! 如何に本作が一分の隙もなく練られた脚本による映画であるかがお分かりいただけるだろうか。
どんな作風なのかをお伝えしたくて長々と書いたが、この調子で逐一説明していたら日が暮れてしまうので、この辺でざっくりカットして中盤に飛んでみたい。(ざっくり過ぎ笑)


密書のやり取りになくてはならないナポレオンパイ
実際撮影に使われたのはこのケーキ、大変高価なだけにとてもおいしかったそうだ 无名 微博



【中盤部分】による登場人物の役割

この後、日本軍軍人や日本軍兵士、国民党の工作員、そして 叶 イエや 唐部長ら汪兆銘政権の面々が登場し、お座敷や執務室を舞台に権謀術数を弄する場面が続いていく。
日本軍と汪兆銘傀儡政権は協調関係にあるとはいえ、所詮、国を異にしている訳だし、汪兆銘政権と国民党は対立しているとはいえ共通の敵である中国共産党に相対する場面では歩み寄ることもある、という各組織入り乱れる複雑な関係性。それだけに誰も本音を言わない。誰を信じればいいのか、表に見えている部分は果たして本当なのか。何もかも常に疑ってかからねばならない張り詰めた緊迫感が画面から伝わってくる。

芸者が座を取り持つ場で一同に会し日本料理を食べる。そんなシーンでも相手の一言一言に常に腹の探り合いだ。森博之演じる日本軍軍人 渡部だけが本音を吐露し、割合のんきに楽観的な展望を持っている。彼が戦況の説明役を担っているのだが他の全員は自国の民と国土を守らねばならない立場。(これは中国の映画であるから当然の描き方といえるだろう)その根本的な差異から生じる楽観論は時々滑稽にすら映る。これも監督の狙いだと思うし、最後の 叶との対峙へのある意味伏線でもあろう。

日本兵たちは主に戦争の残酷さを表す描写で登場する。日本人として見るに忍びない場面ではあるが、極端に批判的な描写ではなかった(あくまでも "描写" という点において)ことが救いだ。そしてその日本兵の中にはある重要人物が紛れ込んでおり、そのことがこの後の登場人物ほぼ全員の命運を分ける動きに繋がっていく。

この映画は人間だけではなく、動物や生き物にも役割がある。
頻繁に登場する犬たちも重要なメタファーとして描かれる。日本空軍のパイロットと共に空を飛ぶ柴犬。広州の陥落前に雨の中片足を引きずりながらパンを餌に追い出されるのは現地の人を暗喩しているだろうし、地下牢で牙を剝きだして獰猛に吠えているのは日本軍やその傀儡政権を暗示しているのだろう。
 
パート1で触れた子羊もそうだし、お酒に漬けた活き海老を 叶がバリバリと食べるシーンもメタファーだ。
話は逸れるが(ここから推し目線入ります!)この活き海老シーンは王一博ファンは涙目になって観る場面である。なぜなら彼は踊り食いは全般的に苦手だからだ。演出家から生きたまま食べた方が映像として効果的だといわれチャレンジを決心、また兄貴分の王传君も食べたと聞いた彼は、体中の勇気をかき集めて挑んだのだ(見事な役者魂!偉い!!!泣)


関東軍(日本軍)軍人と 叶
随所にみられる王一博の日本風の会釈や上品で礼節を重んじる仕草がとても上手い 无名 微博



【終盤】にみる映像美、アクション、演技、音楽

本作の見どころの一つである 主役二人の長尺ファイトシーンは終盤にある。そこまでは権謀術数渦巻く静の闘いであったが、ついに 何と 叶が徹底的な死闘を演じるのだ。まさにこの映画のクライマックスである。

お互い傷だらけの本気と本気のぶつかり合い。これがあるからこの映画が成立している。どちらかが倒れるまで一か八かの死闘が、作中の人物たちに見えているものと見えていないもの、観客の目に映っているもの、二重の意味で説得力を持たせたのだ。この見応えは通り一遍の言葉では表現し切れない。

部屋中の家具やボトル、カーテンを使って相手を追い詰める。バトルは部屋を出て階段部分に移り、ついに 叶は…
陳の部屋にいる 何を襲う 叶。同じ組織に所属していた二人が何故。

ここだけではなく、本作全てのシーンの映像が美しい。やや暗めの情景の中に光が効果的に使われている。執務室や地下牢に見えるコンクリートの冷たい質感や、ガランと広い空間。屋外の広い空、海岸や草原に人物が立った時の解放感ある広がり。色彩のコントラストも鮮やかだ。
それらの映像美とシーンに込められた意図が、ただ状況を並べただけでは味わうことのできない奥深い感動をもたらしてくれる。映画の醍醐味を味わえるこのテイストが、わたしはとても好きだ。

梁朝伟(トニー・レオン)周迅(ジョウ・シュン)は言うに及ばず、他のキャストの演技も素晴らしい。梁朝伟の、ソフトな物腰の中にチラリと見せる冷徹な部分は逆に怖ろしさを強調する。しかしながらどんな役でも人間味を失わなず、温かみや厚みを感じさせて、作品にどっしりとした錘として存在しているのが、流石だと思う。

日本軍軍人 渡部役の 森博之も、居丈高な態度の裏の脆さを上手く表現していたと思うし、江小姐 ジャンの 江疏影(わたしは好きな女優さんであるが)の美しくも哀れな風情もとてもよかった。

そして 王一博の、哀しみや失望、安堵の涙、憤怒の爆発、アクション、諜報員としての事情を内に秘めた行動の逐一、全てがリアルで素晴らしかった! キメのシーンは背中に悪寒が走ったし、長い日本語の台詞も見事だった! 

ラストで王一博 自ら歌うエンディング曲『无名(無名)』が流れた時には、叶の心情をそのまま映したような感動的な歌声に涙を禁じえなかった。

諜報員として、軍人として、主張を持って闘う市民、それぞれが、どちら側だったとしても、結局時勢に逆らうことはできないそれでも闘い続ける "無名" の人々の哀しみ、背負った罪、虚無感…

それらがつぶさに描かれ、ズンズンと胸に迫ってくる映画だった。構成も非常に凝っている。戦争映画なので "面白い" という表現は適切ではないのかもしれない。しかし観る価値のある佳作であるとは、いえると思う。 


王一博 微博


王一博 微博


【Part 3 はこちら】





サクっと流すはずのパート2も長くなってしまい、やはり 王一博作品を短く書くなんて所詮ムリなのだと悟りました(笑)
メタファーも書き切れなかったので残りは次に回します。写真ももっと貼りたい!(笑)

ご興味ありましたら、来週のパート3もお読みいただけたら嬉しいです。
長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました!



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