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間質性肺炎(26) 抗線維化薬のあれこれ


(注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。

■登場人物
Dr.Y: 総合病院に勤務する呼吸器内科医。
患者S:58歳男性。健康診断を契機に間質性肺炎を指摘され、Dr.Yの外来で特発性肺線維症(IPF)・高確信度と診断される。


1. 「いつ」「何を指標に」効いていると判断するか

患者S:抗線維化薬は線維化の進行を抑える薬ですよね。でも、薬を使ってみて、本当に効いているのかどうかって正確に分かるものですか?

Dr.Y:これは非常に難しい質問です。パラレルワールドでもない限り、同じ患者さんで薬を服用する場合としない場合を同時に比較することはできません。そのため、薬を開始した後の進行を見て、「薬を飲んでいるからその程度の進行で済んでいる」のか、「薬を飲んでいるにも関わらず、そんなに進行してしまった」のか、正確に判断する事はできないですよね。

患者S:そうですか。これも抗線維化薬の治療があくまで進行を抑えるためのものだからですか。

Dr.Y:はい。例えば肺がんなどで抗がん剤により増大していた腫瘍が縮小すれば分かりやすいものです。これは病気の進行と逆方向への変化だからです。しかし、抗線維化薬は逆方向への変化を起こすわけではなく、あくまでも同じ方向への進行を緩やかにする治療だから効果判定もそれだけ難しい。

Dr.Y:そもそも抗線維化薬の効果というのは「有効」と「無効」の二者択一ではなく、その間にグラデーションが存在するため、主治医によっても判断が異なる事があります。

患者S:では先生方は何を基準に薬を続けていく判断をするのでしょうか。効いているのか効いていないのか分からないまま、同じ治療薬を使い続けるわけではないでしょう。

Dr.Y:そうですね。例えば自覚症状に客観性を持たせるためにスケールにしたものや、レントゲン、CT、酸素濃度、肺機能、6分間歩行試験などの検査結果を総合的に見て判断します。

患者S:「総合的に」とはまたアバウトですね。どのくらいのタイミングで判断しますか?極端な事を言うと薬の開始日の翌日に検査して進行していなくてもそれは薬の効果とは言えませんよね。では3ヶ月後はどうでしょうか、それとも半年後?

Dr.Y:今質問があったような「どのタイミングで」「何を指標に」薬の有効性を判断するかは、未だに大きな課題です。当然短期間で分かりやすい指標があれば良いのですが、一般的には半年〜1年くらいの経過でCTや肺機能検査、血中酸素濃度の測定を行って、どのくらい進行したかを判断する事が多いです。

2. 臨床試験ではどんな結果だったか

Dr.Y:例えば、特発性肺線維症(IPF)に対して抗線維化薬ピルフェニドンの治療効果を見たASCEND試験 (1)、もう一つの抗線維化薬であるニンテダニブの治療効果を見たINPULSIS試験 (2)などでは、1年後の努力性肺活量というパラメータがどのくらい低下するかを有効性の一つの目安にしています。努力性肺活量というのは、通常よりも一気に息を吐いて測定する肺活量です。

患者S:ちなみに、これらの試験では、抗線維化薬が有効だった人の努力性肺活量の変化はどのようだったのでしょう?

Dr.Y:まず、先のASCEND試験ではIPFの患者さんのうち半数にピルフェニドンを、残りの半数にプラセボ(偽薬)を内服してもらいました。その結果、努力性肺活量が年間10%以上低下した人の割合はプラセボ群では31.8%であったのに対しピルフェニドンを使った人で16.5%でした。年間低下量で言えばプラセボ群の平均が-428mlに対しピルフェニドン群の平均が-235mlでした (1)。

患者S:ニンテダニブの試験の方ではどうですか?

Dr.Y:INPULSIS試験では、IPFの患者さんに対して半数にニンテダニブ、残りの半数にプラセボ(偽薬)を投与する試験を2グループで行ったのですが、同様に1年後の努力性肺活量の低下は1つ目のグループではプラセボ群が-239.9mlであったのに対しニンテダニブ群では-114.7ml、2つ目のグループではプラセボ群が-207.3mlに対しニンテダニブ群では-113.6mlでした (2)。

患者S:肺機能検査が非常に重要なのですね。毎年きっちり肺機能検査をしないといけませんね。

Dr.Y:そうですね。ただ大事なのは、これはあくまで臨床試験で薬の効果を判定するための指標であって実際の現場での評価方法の一部に過ぎないという事です。

Dr.Y:臨床試験では複数の症例を有効症例と無効症例に分けなければいけないですから、肺機能のように一貫性のあるクリアカットな指標が必要です。しかし実際の現場では他の様々な指標も合わせて判断します。

患者S:肺機能検査だけで判断しているわけではないという事ですね。薬を開始する前と比べて、開始後の半年〜1年くらいの経過で、肺機能や画像や症状をトータルで観察し、進行が遅くなっていれば効いているというようなイメージで良いですか。

Dr.Y:はい。大まかないイメージとしては概ね合っていると思います。

3. IPF以外の間質性肺炎には効かないのか

患者S:抗線維化薬はIPF以外の間質性肺炎には効かないのですか?

Dr.Y:いえ、そんな事はありません。2019年に発表されたINBUILD試験では、IPF以外の間質性肺炎で線維化が進行する症例を集めてきて、同様にニンテダニブ群とプラセボ群を設けて効果を比較しました。結果は、やはりニンテダニブ群の方が肺機能の低下を抑えられたとされています (3)。

患者S:IPF以外の間質性肺炎といっても色々な種類がありますよね?

Dr.Y:はい。この時対象になった「IPF以外の間質性肺炎で線維化が進行する症例」の内訳は、過敏性肺炎と膠原病による間質性肺炎が約4分の1ずつ、それから「非特異性間質性肺炎」と「分類不能型間質性肺炎」などIPF以外の原因不明の間質性肺炎(特発性間質性肺炎)がその次に多い集団として含まれていました (4)。

患者S:良く分かりました。今後の具体的な予定を教えて下さい。

Dr.Y:はい。次回の外来から抗線維化薬による治療を開始します。抗線維化薬は高いので公的な金銭支援制度を受けながら使う事ができるので、まずその申請をしましょう。

患者S:どのような制度が使えるのですか?

Dr.Y:難病医療費制度と、高額療養費制度です。これからその説明をしますね。


注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。診断や治療については記載された情報を基に自己判断せず、必ず主治医に相談してください。

引用文献
1. King TE Jr, et al. A phase 3 trial of pirfenidone in patients with idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med. 2014;370(22):2083-92.
2. Richeldi L, et al. Efficacy and safety of nintedanib in idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med. 2014;370(22):2071-82.
3. Flaherty KR, et al. Nintedanib in Progressive Fibrosing Interstitial Lung Diseases. N Engl J Med. 2019;381(18):1718-1727.
4. Wells AU, et al. Nintedanib in patients with progressive fibrosing interstitial lung diseases - subgroup analyses by interstitial lung disease diagnosis in the INBUILD trial: a randomised, double-blind, placebo-controlled, parallel-group trial. Lancet Respir Med. 2020;8(5):453-460.

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