間質性肺炎(18) MDDカンファレンス③〜思いもかけない病理所見
この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。
主な登場人物
Dr.Y: 総合病院に勤務する呼吸器内科医。
M先生:呼吸器内科部長。Dr.Yの上司にあたる。
X先生:Dr.Yと同じ総合病院に勤務する放射線科医。気難しい性格だが肺画像の読影にかける思いは強い。
Q先生:Dr.Yと同じ総合病院に務める病理診断医
1. 病理診断・・・やはりIPF?
M先生(司会):Y先生の臨床診断では過敏性肺炎が疑われ、X先生の画像診断では特発性肺線維症(IPF)が疑われる、という事でした。病理検査はそのどちらを支持するのか。または他の疾患の可能性が提示されるかもしれません。Q先生、お願いします。
Q先生(病理):はい。えーっと全部で3つの病理検体が届いていますね。右肺の下部に位置するS8領域から2つ、上部に位置するS3領域から1つ。
M先生(司会):まず検体の質はどうですか?評価するには小さすぎたり挫滅していたりしないですか?
Q先生(病理):はい。クライオバイオプシーの検体としては標準的な質の検体が採れていると思います。
M先生(司会):それは良かったです。せっかく気管支鏡でクライオバイオプシーまで行ったのに、検体中に見たい領域があまり含まれていない事がありますからね。
Q先生(病理):まず肺の上の方はわずかに炎症細胞が見られるのみで所見は軽いですね。この所見から何かを判断するのは難しいと思いますね。
X先生(画像):うむ。CT画像でもその辺りに病変は少なく昔の炎症の残りカスのようなものしかないからな。今回の間質性肺炎とは無関係じゃろう。
Q先生(病理):はい。次に肺の下の方ですが、まず大まかに全体を見渡すと、異常をきたしている箇所が斑状にポツポツと見られます。
M先生(司会):普通は全体が均一に侵されるはずですが、斑状という事ですか?
Q先生(病理):ええ。さらに拡大して病変を細かく見ていくと、線維化が高度に進行し肺の構造が壊れてますね。多くは肺の区画の端の方で起きているようです。線維芽細胞増生巣と呼ばれる線維化の中枢のようなものも見られます。これらの所見からはIPFを疑いますね。
X先生(画像):やはりIPFか。CT画像では過敏性肺炎の可能性は低いと思われたが、その点は病理ではどうですかな?
Q先生(病理):そうですね。病理でもこの辺と、この辺と、それからこの辺が気道の出口に相当しますが、見ての通りその辺りには病的な変化は見られませんね。吸入アレルゲンに対する「異物反応」である肉芽腫も認めないですし、病理でも過敏性肺炎は疑いません。
X先生(画像):ほれ、言った通りじゃろう。画像所見と病理所見、ドンピシャで一致じゃ。
Q先生(病理):そうですね。病理診断でも、最も疑わしいのはやはりIPFという事になりますね。・・・ただし。
M先生(司会):ただし?
Q先生(病理):部分的に炎症細胞が目立つ場所があります。ほら、ここと、ここ。リンパ濾胞と呼ばれるもので膠原病でよく見られる所見です (1)。つまり病理でもIPFを最も疑うけれど、画像診断ほど自信を持って推す事ができない。何故なら100%IPFの所見とは言えず、膠原病の影がちらつくからです。
2. 膠原病の影がちらつく
X先生(画像):膠原病だと?
M先生(司会):Q先生、本当ですか?Y先生のプレゼンテーションでは膠原病を疑うような症状も身体所見もないと言う事ですよ。
Dr.Y:私も驚いています。膠原病についてはよく調べましたが、それらしい徴候は全くありませんでした。
Q先生(病理):そんな事言われても困りますよ。事実、ここにあるわけですから。先生方も見えるでしょう?
C先生(膠原病):あのぅ、ちょっとよろしいでしょうか。
M先生(司会):あ、これは膠原病リウマチ内科のC先生。
C先生(膠原病):もし良ければ、一度この患者さんを当科の方へまわしていただく事は可能ですか?確かにY先生の発表では膠原病と診断できるほどの所見はありませんが、抗CCP抗体と呼ばれるリウマチの血液検査が少しだけ上昇しているのが気になります。このような患者さんを我々のような膠原病の専門家が実際に診察すると新たに見えてくる事もあると思います。
M先生(司会):そうですね。膠原病科ではレントゲンで関節を詳しく評価したりキャピラリースコープのような拡大鏡で爪の周りの所見を観察したりしますね。
C先生(膠原病):仮にその結果やはり膠原病の診断がつかなかったとしても、このような「膠原病の匂いがする間質性肺炎」の患者さんの一部では、のちのち診断につながるような症状が出てくる事があります。
M先生(司会):「膠原病の匂いがする」ですか。文学的ですね。
C先生(膠原病):膠原病を疑う所見があるけれど診断にまでは至らない症例に対し、このような表現をする事があります。例えば、2022年に国内で行われた研究で、このような間質性肺炎の患者さん70人を追跡したところ、後から膠原病を発症した患者が9人(12.9%)、それも2年以内の発症が多かったとする報告があります (2)。
N医師(膠原病):さらに最近だと2023年にイタリアで報告された研究で、同様の患者さん191人を1年以上追跡したところ、4分の1程度がやはり平均2年程度で膠原病を発症したというものが新しいですね (3)。
M先生(司会):出てくる順番が逆、つまり、先に間質性肺炎が出現し後から原因である膠原病の症状が出てくる事があるという事ですか。
C先生(膠原病):その通りです。
3. MDDカンファレンスの決着
M先生(司会):困りましたね。臨床診断では過敏性肺炎、画像診断ではIPFが疑われ、病理診断でもIPFが疑われるが膠原病の可能性もあるという。そしてC先生も膠原病の可能性があると仰っている。Y先生、どうしましょうか。
Dr.Y:そうですね・・・私は当初過敏性肺炎を疑っていましたが、総合的に考えるとその可能性はそれほど高くない気がします。画像でも病理でも所見がないと言われては、認めざるを得ないです。一方で膠原病に関しても可能性があるとは思われますが・・・現時点ではやはり膠原病に振り切れるほどでもない。
M先生(司会):つまり、現時点では原因不明・・・「特発性」に分類せざるを得ないと。
Dr.Y:ええ。画像でも病理でもIPFに特徴的なUIPパターンが主体だということなので、暫定診断としてIPFとするのが妥当のような気がしますが、他の先生方はどう思われますか?
M先生(司会):Y先生、私も同じ意見ですよ。ただ先ほど挙がったような疾患の可能性を除外出来ない以上、確定診断とはせず「IPF・高確信度」とするべきでしょうか。X先生、Q先生、いかがですか?
Q先生(病理):そうですね。納得できる診断だと思います。
X先生(画像):うむ、すっきりしないが致し方あるまい。
M先生(司会):今回の議論の結果、MDD診断は「IPF・高確信度」になりました。ただし確定診断ではないので過敏性肺炎と膠原病の可能性も除外はせずに、それらを疑う所見が出てこないか注意しながら外来で経過観察してください。
Dr.Y:はい。無症状でも血液検査などのデータが冬に悪化するような所見がないかどうか、膠原病を疑うような身体所見や訴えが出現しないかどうか、画像にIPF以外を疑うような新規の変化が現れないか、など注意しながら見ていこうと思います。
M先生(司会):もしそれらをより強く疑う所見が出てきた時は再度MDDカンファレンスによる再評価が必要ですね。ちなみに治療薬はどうしますか?
Dr.Y:最も可能性の高いIPFを念頭に置くと抗線維化薬を第一に考えたいですね。ただ患者さんともよく相談して検討していきたいです。
M先生(司会):そうですね。今回の診断を元に、治療がうまく進んでくれると良いですね。これにて、本日のMDDカンファレンスを終了したいと思います。みなさん、どうもお疲れさまでした。
(注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。診断や治療については記載された情報を基に自己判断せず、必ず主治医に相談してください。
引用文献:
1. 日本呼吸器学会・日本リウマチ学会 膠原病に伴う間質性肺疾患 診断・治療指針2020(メディカルレビュー社)
2. Sambataro G, et al. Progression and prognosis of interstitial pneumonia with autoimmune features: a longitudinal, prospective, multi-centre study. Clin Exp Rheumatol. 2023;41(5):1140-1148.
3. Enomoto N, et al. Prospective nationwide multicentre cohort study of the clinical significance of autoimmune features in idiopathic interstitial pneumonias. Thorax. 2022;77(2):143-153.