53歳のリベンジ④(両親の介護生活の中で英検1級に合格した話)
英検1級のWritingに
「終末期の患者に対する延命治療は推奨されるべきか(Should life-prolonging treatment for the terminally ill be encouraged?)」
という問題があります。
試験前の準備作業として、この問題ならこう答える、という模範解答を受験生は用意します。
たとえば、Negativeという立場をとるとしたら、まずその立場を明確化します。
I don't believe that life-prolonging treatment shoud be encouraged.
英検協会の模範解答でもよいし、Writing対策本でもよいし、GhatGPTでもよいし、参考となるBodyを拾って、書き写します。
しかし、ときどき奇想天外なBodyに出会うことがあります。例えば、「水不足の解決策として肉牛を食べることを控える」といった「トンデモBody」です。
そうした納得のいかないBodyは自分なりに作り替えることで、頭にすんなりと入るものにします。
最後に、Bodyを構成する3つを見出しを付けて整理します。
Patients’ wish to be respected
Financial burden
Losing control over their own lives
この作り替え作業と見出し付け作業は当日の朝に大変重宝します。自分の頭に入る納得性のあるものはフラッシュカード的に見出しを見ただけで、記憶の引き出しからは取り出すことができるのです。
ですから、テキストを読むだけでなく、必ず手を使って自分で書いて整理しておかなければなりません。
英検Writingの問題はAffirmative かNegativeかの結論を最初に明確にして、その理由として簡単にBodyの見出しとなるようなキーワードに触れてから、それらのキーワードをひとつひとつBodyとして首尾よく3つを述べればよいだけです。
結論は賛成でも反対でもよく、Bodyに書く理由や例なんて理屈さえ通っていればどうにでも書くことができます。
種本をもとに様々な問いに対するBodyを予め整理しておきさえすれば、後は問いに応えることを意識して様々に使いまわすことができます。
しかし、人生の決断や選択はBodyを3つ挙げさえすればよいといったような単純なものではありません。ましてやBodyを使いまわすこともできず、常に見たこともないような新しい問いに対して、考えつきもしない新しいBodyで答えることが求められます。
父が肺炎で寝たきりになる前、寝ている時間が徐々に長くなっていたことを心配した母は、かかりつけ医の紹介で地域の拠点施設である大学病院を受診しました。
朝早く、バスや電車を乗り継いでようやく辿り着いた迷路のように病院で、半日かけて様々な検査をします。ようやく診察の時間となり、専門医の若い先生から告げられたのは「赤血球がきちんとした形に産生できなくなり、変形してしまう骨髄の病気の可能性がある。骨髄移植や化学療法など治療法にはいろいろな選択肢があって、骨髄異形成症候群どのタイプかを確定診断できなければ治療は行えない。次回、骨髄に穴をあける穿刺術をするかどうか決めてほしい」という難題でした。
母からは何度も相談を受け、その時に医師から渡された患者向けの指導箋と呼ばれるパンフレットに目を通しましたが、まったく患者やその家族の目線に立っていない極めて難解な内容に、3分で読むのが嫌になりました。
新型コロナの感染が拡大しつつある最中、80代の老夫婦二人が、毎回、感染の危険にさらされながら、半日以上の時間を費やしへとへとになって大学病院を受診しなければならない、という現実を考えたとき、両親は「骨髄穿刺は受けない」という決断を下しました。
意見を求められた私は英検の問題のように明確な回答ができず、母からの相談に沈黙してしまうばかりでした。
人生の決断ほど難しいものはありません。
(続く)