見出し画像

謙譲語には実は二種類ある。

敬語の使い方って難しいように思いますよね。相手によって敬語を変えたり、尊敬と謙譲を間違えたり。でも、実は新しい敬語理論によると、いろいろな新しいことが分かっていて、それを知っていると少しわかりやすくなるのです。ツイッターで書いたそんな話を少しずつまとめてみます。

謙譲語とは?

謙譲語は、話し手である自分が、相手に対して謙譲の気持ちを表すというのが普通の理解です。それで大きくは違わないのですが、実は、その中にはちょっと性質の違うものが含まれています。

よくある謙譲語は、「先生の本をお借りする」とか「社長に書類をお届けする」とか「私から先方に申し上げる」のように、「を」や「に」で示される物や人を上位者として扱うことで、謙譲の気持ちを示すものというのが一般的です。受け手尊敬とか、客体尊敬とかいう呼び方もあります。古典語でも典型的です。(例、「これを奉らん」(これを差し上げましょう・徒然草231))

これに対して、「私は大変努力致しました」の「致します」のように、何かを上位者とするのではなく、単純に、主語の「私」を下位者とした扱うタイプの謙譲語もあります。「それは私どもの部署で扱っております」の「おる」なども同じで、「丁重語」「自己卑下」という呼び方もあります。聞き手に対する配慮があることで、丁寧語(です・ます)とも似ています。

2007年に文化審議会から出た「敬語の指針」では、最初のタイプを「謙譲語Ⅰ」、2番目のタイプを「謙譲語Ⅱ」と呼び分けているので、学校教育や外国人への日本語教育ではある程度普及していますが、まだ一般に広く知られているとまでは言えないかと思います。それについて詳しく触れている、文化審議会のこの答申「敬語の指針」(下のURLにPDFがあります)は教育関係者必見です。

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_6/pdf/keigo_tousin.pdf

2種類の謙譲語

では、もう一度別の例で2種類を比較してみましょう。

「私が最初に泥棒の足跡を発見致しました」

なら、どうでしょう。足跡を発見した人が、相手に配慮しつつ、自分を謙譲して報告しているタイプの表現です。では、

「私が最初に泥棒の足跡を拝見しました」

という「拝見」を使った謙譲語はどうでしょうか?「泥棒の足跡」って、「拝見」したりするものでしょうか?

文脈をいろいろ変化させると若干の違いは出てきますが、基本、先の「泥棒の足跡を発見致しました」は問題ないのに対し、2番目の「泥棒の足跡を拝見しました」はどうもおかしいという判断が多いと思います。というのは、「発見致しました」は、聞き手への配慮からの丁重語(謙譲語Ⅱ)なのでよいのに対し、「拝見しました」は、対象への尊敬(謙譲語Ⅰ)になるため、「泥棒の足跡」を尊敬してしまうように見えてだめになるのです。

似た例をあげてみます。

 私はあちらから変な声がするのをずっと聞いております。

× 私はあちらから変な声がするのをずっとお聞きしています。

これは後者は、「変な声」というあまり尊敬の対象にはなりそうもないモノを尊敬しているので、ダメということになります。

このように、「謙譲語」と一括されるものにも違いがあることは意味的には明らかなのですが、実用上は意外に気にならないのです。これは(よくある)相手と自分のいる世界では、相手を上げても、自分を下げても効果が大差ないことによります。しかし、文法上は明らかに2種類があります。これは昭和時代の著名な文法研究者の三上章が発見したものです。

先の答申の主たる執筆者のひとり、菊地康人氏はこれをきちんと定型化して詳細に論文(PDFあり)にしていますので、興味ある方はご参照ください。

なお、菊地氏が指摘するように、普通の謙譲語Ⅰ(受け手尊敬)は、「受け手」を上げるだけではなく、「主語よりも受け手が上」ということも含意します。たとえば、自分が部長をいかに尊敬していても「社長が部長に書類をお届けした」などとは言えません。このあたりが「謙譲語」たるゆえんです。

謙譲語では隠れている主語と目的語に注意する

このように、敬語を使っている限り、たとえ、表面には主語や受け手(目的語)が出ていなくても、何が主語・目的語かは常に意識されています。「お持ちしますよ」と言えば、相手(目的語)を上げ、自分(主語)はそれより下げています。敬語によって、隠れている主語と目的語がわかるとも言えます(受験古文でよく言われますね)。「お持ちする」という語形だけで、「持つ」のは、話し手側、「もっていく先」あるいは「持っているもの」は聞き手側であるとわかるのです。

誰かを上位者に扱いたいなと思った時、尊敬語を直接使うのも一案です。でも、謙譲語はよりソフトな間接的な敬語です。相手やそれに関わるモノやヒトを対象とする他動表現の場合は、「……に/をお持ちします」と、謙譲語Ⅰ(受け手尊敬)を使い、そういう対象がない自動表現の場合は、「私が……致します」と謙譲語Ⅱ(丁重語)を使うことで、敬語の幅を広げていきたいものです。もちろん、ⅠとⅡを両方あわせて「……にご紹介致します」などとするのもOKです。

今回は、謙譲語の2種類についてのノートでした。


いいなと思ったら応援しよう!

yhkondo
読んでいただきありがとうございます。ツイートなどしていただけるとうれしいです。