45回転
朝の駅は葬列のように混沌とした静寂に満ちている。
それぞれのベクトルの指し示す方向へ移動することだけを目的にぜんまいを巻かれたかのようなのっぺら坊人形の群れが、それよりはまだ血の通った人間らしいティッシュ配りの突き出す怒気を含んだ拳を、表情ひとつ動かさず最小限の動きでよけながら進んでいく。
少しいかれかけてる金髪のまだ若い男が、朝の横断歩道で歩行者のためにいったん停止している車に向かって無意味に吠える。
「バッカヤロー、とっとと行きやがれ!」
車にも、男にも、誰もがそ知らぬ顔で通り過ぎ、意味もなく怒鳴りつけられている可哀想な車の前をさっさと横断して消えてゆく。
怒鳴っていた男も仕方なく車の前を横断し、そうしてまた歩き出す。
「ちっくしょー、めっちゃくちゃ暑いな。なんだバカヤロー、ほんとに暑いな。今日はめちゃくちゃ暑いな」男はしきりに大きな声で独り言を言う。
どこかに引っかかりたくて、引っ掛かりどころを求めて。
だけど床も壁も展望窓に張られたガラスも何もかもつるつるの、のっぺら坊でいっぱいのこの朝の駅じゃどんなに爪を立てたって引っかかれやしない。
男はいつまでも独り言を言い続ける。
のっぺら坊になりきれなくて孤独なEPレコードみたいにいつまでも一人45回転で独り言を言い続ける。