昔の日記を読んで、自分「のびしろしかないわ」って感じた話。
もうすぐ祖父の一周忌なのでシルバーウィーク中1日だけ実家へとんぼ返りをした(一応書いておくが、新型感染症ワクチンは2回接種済み)。
今でもずっと大好きな祖父の遺影に向かって、1年経つのあっという間だったなとしみじみ感じたあと、ふと自分の部屋で昔の日記を開いて、過去へのタイムトラベルをしてみた。
どこに地雷があるか分からない黒歴史に向かって自らタイムマシンに飛び込むなんて、なんて無茶でヘンタイな人間なんだって自分でも驚く。
でも、必死に生きてた昔の自分がたまらなく愛おしくなるという、いいタイムトラベルができたので、その旅の紀行として今回認めた。
ちょっと長くなるが、各々の一服をしながら読んでもらえると嬉しい。
(BGMは東京事変の一服で)
開いたのは今から約10年前の日記。年齢で行くと高校生~大学生くらい。
当時の日記はほとんどの内容が、
『今日は○○が出来なかった。
なんで動けなかった自分。
変わりたいんだよね?そのままでいいの?
大事なのは最初の一歩!行け!』
と、自分の行動に対するネガティブな反省と根性だけに訴えかけている、自分への鼓舞。
「今と書いてることあんま変わんないな(苦笑)」というのが第一印象だった。
近年聞く機会が増えた「自己肯定感」なんて言葉を知らないときから、私の自己肯定感はほぼゼロ。自分に自信もなく、何も持ってない自分のことが嫌いで、でも『変わりたい』という気持ちだけが強くあった。ガソリンになるエネルギーは蓄えてるけど、自分という乗り物の稼働の仕方や操縦の仕方は分からない、エンジンの空ぶかしみたいな状態だったと思う。
私が日記を書き始めたのは、恐らく、明日をより楽しく生きるために、一日の反省をする時間をつくりたかったからだ。
元々考えすぎちゃんだった自分の殻を、破りたかったんだろう。
書いている内容が今と近いから、「もしかして私何も変わってないのでは?」って思ったけど、10年も自覚的に反省を行っていれば自分を客観的に見れるようにもなったので(この、反省→内省が、全てに通ずる成長であり詳細は以下にも記載)、私はどのようにトランスフォームしたか分析し、考察した。
1.自己肯定ができるようになった
昔の日記では「○○が起こった」という事実と結果だけの振り返りだったが、今は「望んだ結果に至った/至らなかった」経緯として自分の行動要因・精神状態、外的要因等々についても深堀している。自分なりに事実を再解釈することで「自分なりにより良くするための行動をした」という点にフォーカスできるようになった。
これはほんの少しだけ『できたこと日記』を続けていたことが大きい。
『できたこと日記』※自分なりにルールは再定義:
一日のうちに、3つの「できたこと/嬉しかったこと」を1つ1行程度で挙げる。一週間の最後に、7日間のうちの「できたこと/嬉しかったこと」のどれか一つをピックアップし、①詳細、②なんでできたか/嬉しかったかを分析、③次に活かせるポイントを挙げる
「溜まってた洗濯を回せた」「お皿洗った」みたいな些細(だけど達成感ハンパない)なことから、仕事で成果を出したこと、人とのコミュニケーションの中からも「できたこと/嬉しかったこと」を抽出した。
書かない日があってもOKというゆるやかなルールで継続。今は既に「できたこと日記」のフォーマットは使っていないが、できなかったことがあっても、自分に及第点を与えられるようになったし、今の日記は「ここまでは十分に出来てる!」「自分偉い!」というキーワードが頻出。著しすぎる変化だ。日記による内省により、自己肯定感がメキメキと私の中で育まれていったのである。
2.コミュニケーションの幅が広がったことで自分の世界のスケールが広がった
昔の日記は、「恋愛」と「家族」の人間関係の話題がめちゃめちゃ多かった。
でも、1.に記載した『できたこと日記』を書くために、社会人になり仕事を通じて知り合う人、行きつけの美容院の美容師、お気に入りの店の店員、その他一期一会のような人とのコミュニケーションの中からも「できたこと/嬉しかったこと」を探しすようになった。
自分の行動だけでなく人とのコミュニケーションにより何を感じたかを考えるようになり、自分だけでなく相対する人のバックボーンにも思いを馳せられるようになった。
コミュニケーションの幅が広がり、人間関係が増えることで一見苦しくなる危うさもあるが、その中から「良いこと」を探す作業をしてきたため、むしろ「私の周りには素敵な人がたくさん居て嬉しい!ありがたい!」というポジティブエネルギーでいっぱいになっている(同時に、一緒に居ると自分が削られる人と適切な距離を保つ術も磨き上げている)。
なお、昔の日記の中に「恋愛」「家族」の話題が多く、「友人」の出番が少なかったのは、日記自体はネガティブな反省をすることがメインだったから。
たまに「友人」との出来事が出てきたと思えば、毎回楽しかったことや嬉しかったことばかりで、感謝で締めくくられていた。こう思うと私の友人はいい距離感を保って、私を支えてくれていたんだと思う。
なので、逆に今は頻繁に出て来る。改めて、ずっと変わらず私を支えてくれる存在に感謝が深まる。
3.「反省」から「内省」に変化。大きな決断もできるようになった
冒頭でも触れたが、これが自分の中で最も大きく、大切な変化だ。
私の日記の中身は、この10年間で「○○が出来なかった」という反省から、「○○した結果、△△だった」という内省に変わっていった。
私には使いこなせていないエンジンだけは装備されていたため、無鉄砲で瞬間的な行動力は元々あった。「やってみて良い成果が出ればいいし、失敗しても次に活かせばいい」ということを信念として生きてきた気がするが、反省と実践の中に内省による分析が加わったことで、着実に経験値は積み上がっていった。
調子が悪くなったら迷わず休むことも選べるようになったし、落ち込んでから復活までのサイクルも短くなったのは、自分の回復の仕方も分かってきたから。内省の繰り返しにより、私の行動力は更に洗練されていったように思う。
また気付かぬうちに、明日をよりよくするための決断力も、行動力と同時に高まっていった。お互いが幸せになれない恋人との別れ、歯列矯正という大きな自分への投資、等。
大きな決断をする度に、自己肯定、自己愛が募っていくことを実感するし、ちょっと自分どこまで良くなってしまうんだ?!っというワクワクが今はハンパない。
4.昔の自分がめっちゃかわいく思えるようになった
正直、昔の日記を読んで「取るに足らないことで煮詰まって、小さいことにクヨクヨ悩んでるな〜」という感想を抱いたが、昔の自分がたくさん悩んでくれた結果、楽しくてしょうがない今があることは紛れもない事実。
昔の自分が、明日をより良くしようとするために、衝動的に買ったファンシーな絵柄のノートに3行程度の日記を始めてくれたお陰で今がある。
最近発売されたCreepy nutsのフルアルバム「case」に「15歳」という曲がある。30歳になったR-指定が、何者かに成りたがっていた15歳の頃の自分と自虐的に向き合っている曲(大好きな曲)。
この曲の中の「そんな血走った目で俺を睨むないつかの15才/その息苦しい世界は今ここと地続き」という歌詞が印象深い。
虚無感に苛まれて、でも死ぬ勇気は無いから惰性で生きてる、って本気で思っていた時期もあった。
でも私の話を聴いてくれる人達は変わらず周りにいるし、色んな方々が心血を注いだエンタメが私を元気づけてくれるし、自分にとって大切な人やモノは増えていくし、、、。過程はあまり覚えてないけど「明日をより良くする」ことに対して昔の自分が苦心したお陰で本当に今楽しく生きられていることを、強く強く実感している。
日々、自分の操縦の仕方も分かろうとしないまま一日の結果にだけ焦点を当てて、時には泣きながら日記を書いていた当時の私は、今の自分のことをきっと睨んではいない。当時は目の前のことしか考えられなくて、未来のことなんてまるで想像つかなかったから。
でも、私はそんな昔の自分を「たくさん悩みながらよく頑張ってくれてありがとう」とめいっぱい抱きしめて、私の胸で泣かせてあげたいと今では思う。
以上が、タイムトラベル紀行の考察である。
一瞬だったが、自分にとっていくつもの大切な気付きがあった。
「考えすぎちゃう自分」から「内省する自分」に成れたことは、自分をより強くしてくれたし、やっと自分の操縦の仕方も覚えてきた私には、やっぱのびしろしかないわ、と本気でそう思っている。そして私は今日もこれからも日記を書き続けることで、行けるとこまで行っちゃうつもりだ。✌️
(この奇妙なタイムトラベル紀行記を投稿をしようと思ったのは、オードリー若林の「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」とCreepy nuts「Case」のお陰だ。最大限のリスペクトとビッグラブ!)