甘く香る六丁目。
別にすごく働いたわけでもないけど。
土日のエンタメ疲れを引きずってなんとなく気怠い月曜日。出勤した私は夜どう過ごすかばかり考えていた。
とりあえず銀座三越見てGINZASIX行こう~……ぐらいの計画が立てられるようになっただけでもなかなかダンジョンは攻められているらしい。
クアラントットでルースからデザインを仕立てるイベントやってるし、と思い出して綺麗な石でも見て疲れを癒やそうとしたのだ。
銀座三越は定期パトロールのような気分でさっと廻ってGINZASIXへ、ぐるりとめぐりながらもクアラントットに向かう。
「(あの時いいな~ってなってたピアスまだある。いいな~ほしいな~)」
と思いつつルースの置き場に向かうとそこには色とりどりの石が。
「(うっつくしーーー!!)」
一発で浄化される美。没頭して見つめている私に店員さんはすかさず300石もあるルースを目の前に出してくれる。
「お荷物どうぞ置いて下さい、お仕事帰りですか?お疲れ様です!」
「いやもう……仕事してたら綺麗なものが見たくって……」
「ですよねえ~、まーだ月曜日なのに!」
店員さんのフランクな受け答えとどんどん見せてくれる景気の良さに一気にガハハと富豪気分なった私はあれもこれもと見ていくのだが。
まあしかし世の中にはとてつもなく綺麗な宝石がある。
「寒色系お好きですか?だったら私の好きな石があるんですけど」
はっきりとした緑色のルースは目が冴え冴えとするようで見つめるだけで心地よい。
「これ素敵ですね」
「そうなんですよ~、お客様に毎回同意をむしり取ってるんですけど」
しかし寒色系が少ないんですよね……と今回のラインナップを見せて貰う中でふと目が留まった石があった。
黒からピンクにかけてのグラデーション、甘さと辛さがちょうどよくってもしもこれを仕立てられたならばどんな風にしようか、指輪かネックレスかーーとぶわっと物語が浮かんできそうになって慌てて止める。
嗚呼私が本当に富豪ならばこんなちっぽけな悩みなんて抱えずに生きていくのに。
「12月頭に神戸店と石を入れ替えるのでまた是非見に来て下さいね、見て貰って楽しんで貰うだけでも全然いいので」
「いやでも……今日綺麗な石沢山見させてみらってめっちゃ元気出ました」
「よかったー!新しいお店も出来ましたし是非ぐるっと一周して疲れを癒やしてきて下さいね~」
……ありがとう店員さん。本当に元気が出た、半分は石で、半分はあなたのその明るさで……。
想定外の出会い。
「(そういやフエギアあるんだったよなあ)」
サロン・ド・パルファムで嗅がせて貰ってから気になっている匂いがあったのでついでに嗅いでいこうと思って立ち寄ったのだが。
嫌でも落ち着くあの洞窟のような空間。さっきは石の輝きで癒やされた疲れが、今度は薄暗い光の中で癒やされている。
サロン・ド・パルファムで「謎めいた香りを下さい」という注文で選ばれたのはいくつもあったが記憶に残っていたのはこの2本。
改めて色々と嗅がせて貰ったが、やはりこの2本の引きが強い。
チェンバーは湖の底の香り、アルゲンスェーニャは誰かの夢の香り……という説明に対して店員さんは
「どっちもつかみ所が無い香りなんですけど、それが湖の底か夢の中なのかって違いで」
「……ほんと天と地ですね」
「そうなんですよ」
どんな場所につけていきたいですか?という問いかけに人と会う機会が多いのは仕事で……と話すともう少し深掘りされる、具体的にどんなお仕事内容でーーという問いかけに私が素性を明かすと「ああ!」と納得して真っ先に店員さんはチェンバーに手を伸ばした。
「だったらこちらです、アルゲンスェーニャはつかみ所がなさ過ぎて逆に邪魔になりそうで……」
落ち着いた冷静な香りは確かに仕事に向いてそうだった。自分が冷静さを欠きそうになった時に助けて貰えそうな香り。
「あとは実際につけてみてなんですけど……気になったもの他にあります?」
「あ、じゃあムスカラフロJを……」
「なるほどお」
つけている人の体質やフェロモンに応じて香り方が変わるという不思議な香水、前からずっと気になっていたのだ。
「じゃあ試しにムスカラからつけてみますか?」
としゅっと2,3吹きされた直後はアルコールっぽい香りが漂うがすぐにふわっと甘さが漂い始める。
「あ、割と甘い……」
「……?お客様結構甘く出てますよ」
不思議……と店員さんが何度も匂いを嗅いでいる。
「ムスカラがこんなに甘く出る人、珍しいんですよ……」
「そうなんですね?あ、もっと立ってきました」
「甘い、えっ、不思議、どうして?お客様今日香水つけてます?」
「朝つけましたけどそのままなので……」
「こっちにもかけてもいいですか?あれ?こっちも甘い?えっなんで?お客様って普段香水甘くなり過ぎちゃうとかあります?」
まさかの店員さんを驚かされる特異体質(肌質?)
ムスカラは甘い香りから一瞬ミントが立ってその後ずっと甘い香りが漂い続ける。
その後チェンバーもアルゲンスェーニャもつけてみたが「理解」る香りがした。が、頭から離れないムスカラの存在。
「……ムスカラつけてるだけなのに甘くってアルゲンスェーニャの匂いがする。えっアルゲンスェーニャのあたりを擦ったりとかしました?」
「してないですねえ……」
「もしかしたら私の鼻がダメかもしれないので他の店員にも嗅いで貰っても良いですか?」
「えっあら、はい」
「(別の店員さん)……あっほんとだアルゲンスェーニャがいる!!」
\\特異肌質爆誕//
というわけで謎の肌質であることが判明したわけで。
店員さん曰くここまではっきりと甘い香りが前面に強く出るタイプは珍しいらしく大変興奮されていらした。
「チェンバーもおすすめなんですけど……ムスカラがこんなに香るのが珍しいんで……是非ムスカラがお手元にあると……!」
ごめんなさいなんか興奮しちゃって、と熱意を持って話す店員さんに私は心を決めた。
ええい!いくぜ勢いよくワンツースリー清水ジャンプ!
会計と包装が終わって店の先へ送ってくれた後も店員さんはしっかりと目を見つめて「ムスカラは本当にいいので是非使ってください!」と言ってくれる。はい是非、愛用させていただきます。
そわそわする帰り道。
あとは明日のかいまりさんのレッスン用に必要な買い出しをして帰ろう~としているのだが。
妙にむずむずとするのだ。心のどっかが騒いでいる。
「(なんかめっちゃいい匂いする……あっムスカラや!!)」
自分から異様に良い匂いがしている。しかも私の肌じゃないと出ない香り。くらくらとするようなその甘さ。その距離、ぬくもり、肌まで0.5mm。
まるかわさんのレポートを読んでからずっとなんとなく気になっていたムスカラ、確かに「布団の香り」だ。というか色んな意味で「肌の香り」がする。
はあ、とため息をつく地下鉄の駅。
まさか自分の香りに誘惑されて混乱させられるだなんて思わなかった。
「(冷静用のチェンバーもあってよかったかもしれない……)」
改めて痛感したところで列車がホームになだれ込んできて、やっと私は帰路につくことが出来たのだった。
番外編。
帰ってから早速配偶者にムスカラをぶっかけてみたところ、アルコールが飛ぶまで時間がかかりようやくグリーンっぽい香りが立ってきた。
「自分から草の香りがする」
「草」
というどうでもいい会話をして今日一日は終わる。
今もこの記事を書いている間ムスカラをつけているのだがーーなんとも言えず心を浮つかせてとろとろにさせる甘い香りがしている。
私の知らない私、まだまだいるなあ……と一つの香水の出会いで改めて気付かされるのだった。