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【家康、上杉景勝の封土を削る】1601年8月17日

【家康、上杉景勝の封土を削る】1601年8月17日
徳川家康が上杉景勝の封土を削り、最上義光に飽海・田川・櫛引・由利四郡を加増する。軍神上杉謙信の甥、御館の乱を勝ち抜き信長の侵攻を寸で逃れ秀吉の五大老まで務めたが、謙信の幻影に悩まされた2代目となる。関ケ原ではその謙信の「義」を持ち出し家康追撃を渋る優柔不断さを見せ没落した。謙信は弱者を守る事に義を見出し、強者と戦った。家康と言う巨人に義は不要だった。その後大坂の陣では「さすが謙信公以来の上杉軍の軍律よ」と家康が称賛した。一体この人は何をしたかったんだろうか。毛利輝元と共通する #光る君へ #大河ドラマ

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