私にだけ見えるすてきな傘
梅雨なのか梅雨じゃないのか、下り坂のお天気。
私は所用のため、お気に入りの傘をさして歩いていた。それは10年ほど前に高田馬場の駅前で買い求めた、あざやかな紫色の小さな傘だ。
その傘には、水に濡れるとウサギとサクラの模様が浮かび上がる仕掛けがあった。雨の日はじめじめとして不快だし、服が濡れたりすると嫌な気持ちになるけれど、傘の中から覗く模様は微笑ましく、気分が慰められたものだ。
子どもっぽいだろうか?
でも、私にとっては素朴な喜びで、毎日に見つける小さな幸せの一つだった。
それなのに、昔、長野のとあるホテルに、この傘を忘れてきてしまったことがある。
なくしたと気づいた時、あきらめようと思ったのだが、一緒にいた方が、「そんなに大事にしていた傘なら、探した方がいいよ」と言ってくださった。その言葉に背を押されてホテルに連絡したところ、速やかに探して、郵送してくれた。なんと親切なことだろう。
後日、無事に自宅へ届いたとき、ただ「良かった」と思った。特に執着しているつもりも無かったのだけれども、手元にあって嬉しいと感じる。高価な品ではなく、実際にかかった送料の方が高いぐらいかもしれないけれど、私にとっては手放しがたい存在なのだとその時気づいた。
今日、私はそのお気に入りの傘を開いて歩いた。でも、雨がぽつぽつと叩く傘に模様はあらわれなかった。
なんでだろう。表面のコーティングが剥げてしまったのだろうか。
今はもう、ただの紫色の傘になってしまった。雨の日に覗いても、かわいい模様は浮かばない。
でも私はその傘を内側から眺めるたび、そこに浮いていた模様を思い出す。小さなウサギのシルエットと、点々と散ったサクラ。思い出すたびに、やっぱり私の心は慰められる。
この傘が持っていたかわいさも、役割も、私にとっては変わらない。
時を経て、他人から見たらただの紫色の傘になってしまったこのコだけれど、今まで雨が降るたび慰めてくれた思い出が、変わらず私を微笑ませるのだ。
私はこれからも、つるつるした紫色の傘を見て、こっそり微笑むだろう。
人から見たらなんの変哲もない、この傘が、これからもずっとお気に入りの傘なのだ。
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