「半分ずっこ」は誰が使っているのか?
Twitterで漫画家の岩岡ヒサエさんの投稿を見ました(『土星マンション』いいですよね)。
けっこうリプライや引用RTがあったのですが,出身地を書いている人もいて,さらに検索すると俚言(りげん)*では?ってという反応や記事もちらほらありました。
* 地域固有の表現は「方言」と呼ばれがちですが,表現に限らない言語体系を方言と呼ぶようにしたいので,ここでは俚言を使用します。詳しくは小西いずみさんの記事をご覧ください。
俚言ではない
まず「半分ずっこ」が俚言かどうか考えます。上の反応もそうですが,「半分ずっこ」を俚言(またはそれが前提)だとする人が散見されます。実際,市原市(千葉県の東京に近い地域)の伝統方言の継承を扱った論文にも「半分ずっこ」が伝統方言だとしてリストされています(森田帆南「千葉県市原市における伝統方言の若年層への継承について:アンケート調査による継承の実態と継承に関わる要因の分析」立命館大学修士論文)。
また,群馬県高崎市のホームページにある「おらほうの言葉」という広報誌のコーナーにも登場します(5月)。
さらに,朝日新聞を見ると,言葉から出身地を判定するアプリの中で使われたという記述がありました。
しかし,結論から言うと俚言ではありません。根拠として上の岩岡さんの投稿に対して出された地方をリストします。
北海道:札幌
東北:青森,宮城
関東:神奈川,埼玉,東京下町
甲信越:新潟下越
東海:愛知,名古屋
関西:(地域不詳)
中国:広島
九州:(なし)
これを見ると特に地域性はないことが分かります。九州出身で使うという反応はなかったのですが,これはおそらく偶然で,検索すると九州でも出てきます。
ちなみに最後の投稿の「ズル込み」はたしか東京下町というか東側のはず。
これらから考えてある地域に固有の表現(俚言)ではないと考えるのが妥当そうです。
幼児語でもない
ほかに幼児語の可能性の指摘もありました。
実際,幼児の言語を観察した報告には登場します(塚越奈美ほか2014「5歳児クラスの話し合いにおける論理的思考と直感的思考のゆらぎ:担任による実践記録からの分析」 )。
幼児語かどうかの判定は検索で知るのは難しいのですが,おそらく可能性として低いです。というのもTwitterで検索していて普通に20代ぐらいの方々も気づかず使っているのがひとつ。実際,次の投稿に埋め込まれた動画はなにわ男子の大西流星さん(兵庫県出身)のようですが,普通に使ってますよね。
他にタレントの高木美帆さんが読売新聞に書いたエッセイにも登場します。
幼児語なら校正の段階でチェックが入りそうですが特にありません。
では誰が使うのか?
これまでで「地域」と「低年齢」という2つの可能性がほぼ消えました。では「半分ずっこ」は誰が使っているのでしょうか。もう少しデータを広げてみます。まず,Googleブックを見ると,マンガやエッセイで引っかかります。
小説もありました。
いずれもセリフです。マンガや小説ではヒットするのですが,書き言葉の要素が強くなるとほぼ見られません。新書ですら出てきません。もしかして新語かもしれないと思い,国立国会図書館デジタルコレクションで調べてみました。
すると,直接見れたわけじゃありませんが,「半分ずつ分ける」の「半分ずっこ」は1979年の別冊少女フレンドで見つかりました。
「であずか」が分かりませんが,もう少しはっきりとしているのが1983年の『初歩のラジオ』にある「〒料は半分ずっこ」です。何かの共同購入の誘いで,おそらく「郵便料金は半分ずつ」という意味でしょう。
デジタルコレクションの検索結果はそう件数が多くなかったので,表にまとめました。
いずれもかなりくだけた文章,媒体なことが分かります。ここから,「半分ずっこ」は話し言葉というか柔らかい文章でのみ使われるとまでは言えそうです。このことは「半分ずっこ」が国会会議録でひとつもヒットしないことからも支持されるでしょう。
そしてデジタルコレクションの古い時代(例えば戦前や戦後すぐとか)の雑誌に出てきていないことから,昭和後期以降の表現だという可能性がやや高いと思われます。ただし,今のところどこからこの表現が生まれ広まったのかまでは分かりません。つまり「誰」までは行き着けないというのが結論となります。今後,この辺のことが分かる資料が出てくることを願いつつ記事を終わりにしたいと思います。