当事者が正しいことを書けるわけではない
流れてきた記事を読んで「あらら」と思ったので。リンクを貼るけどこの記事で引用するし,センセーショナルな書き方をしてるだけで中身に新情報はほぼないので,正直読まなくていいと思う。
議論をまとめると以下の3点。本当はもうちょっとあるけど。
18歳人口が減る一方で大学の定員が増えた結果,定員割れの大学が増えている
入学者を確保するために,定員割れの大学を中心に近年推薦入試が増えている
推薦入学者は3年生の後半を勉強しなくてよく,普段の勉強も短期的な範囲で済む定期試験対策中心なので,一般入学者に比べて学力に劣るなど負の面が出ている
教育ライターがテキトーに書いてるのかと思ったら,著者は東洋大学の薬師寺克行氏という現役教員だった。この方はいわゆる実務家(新聞記者で政治系の著書あり)出身で,高等教育関連の専門家ではない。2011年から大学に着任したようで,その経験をもとに書いたのだろうが,10年いたわりにちょっと不正確なところが気になるので備忘録として書いておく。私も高等教育の専門家ではないが,10年勤めた大学教員なら知ってても不思議じゃない話が多いと思う。
推薦の増加は大学主導だったか?
上のまとめのうち1点目と2点目の関係がおかしい。
かつてのAO入試の増加は大学の選択という面はあるだろう。しかし,推薦入試を増やしたのはそれ以上に教育政策によるところが大きい。
例えば2013年に出た教育再生実行会議「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(第四次提言)」には次のようにある。
もっともこういった多様な選抜方式による脱学力テストの動きは2000年代よりはるか前,1985年の臨時教育審議会から存在した。
こういった教育政策上の方針は国立大学での推薦入試の増加を招いたことは無視してはいけないだろう。例えば「2020年度以降の国立大学の入学者選抜制度-国立大学協会の基本方針-」(国立大学協会,2017)には次のように記されている。
ここからも薬師寺氏の「低偏差値大学で増えた」という話はやはり現代的には通用しないと言える。
なお大学入試の歴史がテーマではないのでこれ以上の言及は控えるが,入試に限らず能力の測り方に関する問題の整理は『暴走する能力主義』が参考になる。
推薦入学者の学力は本当に低いのか?
薬師寺氏は3点目について次のように書いてある。
推薦入学者は体系的な勉強が疎かになるというのがポイントだと思う。ただ,以前私自信が大学入学後の成績は何に影響を受けるのかを調べてまとめたことがあり,そこでは入学方式と成績にはたいして相関が見られなかった。
もっとも推薦でも方式によっては相関性があり,スポーツ推薦や学内推薦者(いわゆる系列校や附属校からの推薦)は成績が低い傾向はある。しかし,日本の大学入学者で系列・附属校からの割合もそこまで高くないだろうから,日本全体の傾向として当てはめることは難しい。
上述の記事を書いたときにも思ったが,そもそも成績と何かの相関性を示すデータで表に出ているものはかなり限られている。その中で上のように書いた根拠は何だろう。おそらく「自分の経験」かと思われる。彼は授業の中で誰が推薦で誰が一般かを分けて集計したのだろうか。それならそのデータは公開してほしい。まさか「印象だけ」で書いてないとは信じたい。
近年の大学ではIR(Institutional Research)活動が進み,学生に関する様々なデータを集めて分析し,それを活用して大学の改善を図ろうとしている。教学面でのIRもかなり重視されてきている。正直読みやすくはないが,この手の話をするときに中央教育審議会の報告書は参考になるだろう。
ちなみに私はかつて書いた論文で,入試方式によって日本語の語彙量に違いがあることを論文に書いた(XとYが入試方式。縦軸は推定語彙量)。
しかし,語彙量が成績に直結するかは検証していない。語彙量は要するに「どれだけものを知ってるか」を反映するだろうから,それなりに結びついていると期待できるが,大学のように専門分野が細分化されているとそれも保証できないところだろう。別のブログ記事に書いたように,ある程度の語彙の下敷きがないと専門性が保証できない可能性があるなら,この理屈も正当化できるが,何も調べてない中では机上の空論ではある。
もっと入学前教育・高大接続の話を!
薬師寺氏の記事でも言及はあったが,推薦入学者の増加をふまえ,入学前教育が広がってきている。
大学での教育をスタートするのに必要な能力が不足していると教員が感じるなら入学前教育が必要なこと,推薦入学者は12月頃には確定しているのだからその時間があること,この2点は私も反対しない。
ただ,入学前教育の必要性を語るとき「どのような能力が不足しているのか」を具体的にすることが不足しているように思う。数学が必要というなら,何がどのくらいできているべきなのか。薬師寺氏の専門であろう政治学なら,政経についてどういった知識が必要なのか。また,一般入試合格者が持っているとする「体系的な知識」が従来の入学前教育で補えていないなら,その入学前教育に問題があることにならないだろうか。
こういったクリアすべき知識や問題点を具体的にすることで,必要な入学前教育が見えてくるだろう。例えば1年生の授業初回に,受講にあたり必要な知識を問うクイズ(10問程度の短問式の小テスト)を抜き打ちでやってみてはどうだろうか。そこでできてない,答えられていないことは,その点が欠けているのだから入学前教育で補う価値はあるように思う。
当事者だからといって自分の経験だけをベースに話を作るのは,かえって信頼性を下げるのだからやめた方がいい。
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