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おすすめのマーケティング本3選 - アレンバーグ・バス研究所から

個人的におすすめしたいマーケティングに関する本を3冊紹介します。

普通に紹介しても面白くないので、英語書籍を3冊、しかも全てアレンバーグ・バス研究所(Ehrenberg-Bass Institute)関連の書籍を選びました。うち2冊はまだ日本語訳で出版されていないはずです。

Marketing: Theory - Evidence - Practice

Byron Sharp氏が所属する南オーストラリア大学の教科書です。海外大学の教科書なのでとんでもなく分厚く、重いです。が、内容は極めて実践的で、且つ『ブランディングの科学』に代表されるようなデータに基づいた理論をもとに構成されています。マーケティングの勉強をこの本から始められる学生は幸せだと思います。

どれだけ実践的かというと、「マーケティングのエグゼクティブは何をするの?」という刺激的な問いのチャプターから始まります。たとえば、


- マーケティングの仕事の多くはスキルと知識の組み合わせが必要なので高給取り
- 優れたマーケターになるには創造性だけでなく、健全な判断力も必要
- マーケティングのキャリアは通常、知的なやりがいがあるだけでなく、金銭的にも報われるもの

など、いきなりお金の話が多いことにちょっと驚きますが、まあ悪い気はしないです。

一方でブランドのケーススタディも序盤から豊富です。たとえばマクドナルドの事例も、市場調査からメニュー改善、そして広告へと連なる興味深い事例です。

マクドナルドの市場調査によると、グループでマクドナルドで食事をするかどうかの決定は、グループ内の1人か2人、特に健康や体重を気にしている女性によって拒否反応が出ていることが多く、たいていは"ママが「ノー」と言っている"ことが多いという。

- チャーリー・ベル(当時のCEO)はメニューを変更してサラダ、サンドイッチラップを導入し、マッカフェでコーヒーを提供した
- さらに、栄養士と協力して、製品に含まれる塩分、砂糖、脂肪分のレベルを下げるようにした
- ジャスティン・ティンバーレイクをフィーチャーした'I'm Loving' It'キャンペーンを展開。より陽気な広告を始めた。

『ブランディングの科学』で紹介されているユニークな理論(ダブルジョパティの法則、購買行動適正化の法則、自然独占の法則など)も健在ですが、意外とハッとさせられるのがパーチェス・ファネルに関する言及です。

新車のパーチェスファネルとチョコレートバーのパーチェスファネルは大きく異なります。しかしパーチェスファネルは消費者セグメントによっても異なるはずです。

これは本当にその通りだと思います。実務をしていると、前職でのファネル概念をそのまま持ち込めないケースが往々にしてありますが、カテゴリーの違い以上に、消費者ごとにファネルが異なることに気付きます。一人ひとりがそれぞれの人生を生きている以上、それぞれのジャーニーがあるはずです。

Building Distinctive Brand Assets

こちらもアレンバーグ・バス研究所から。『ブランディングの科学2』にも名を連ねるJenni Romaniukの著書です。『ブランディングの科学2』で少しだけ触れられているCEP (Category Entry Point)について、踏み込んで言及しています。おそらくそのうち日本語訳も出るのではと勝手に推測しています。

いくつかの章の要約をします。

Creating Distinctive Brand Asset
- 基本的に脳の動きの説明
- 最初のブランド(とくに新しいカテゴリー)との接点〜体験は覚えているもの
- Appleと聞いて、Brand Assetのロゴや白いヘッドフォンを思い出すこともあれば、Macbookproを思い出すこともあるし、それを使っている同僚や、リンゴを思い浮かべることもある。脳のNodeはいろいろなところにつながっている
- 記憶は薄れる(変わる)もの。Consistencyがないと、人の記憶のノイズになってしまう

ブランドは「Consistency(一貫性)が大事だ」とよく言われます。そうしないと「人の記憶のノイズになる」からです。「ブランド体験の記憶」と「記憶の忘却」という前提に立てば、ブランドアセットの一貫性を保つことは重要です。

Distinctive(特徴的な)でSalient(目立つ、頻繁に想起する)なブランドアセットをつくり、一貫性を持って提供し続けることで、購買シーンにおいて想起/選択されやすくなります。

リブランディングが多くの場合失敗するのは、せっかく築き上げたブランドアセットをリセットしてしまうからです。自ら、消費者にとって見つけづらい存在になってしまっているのです。
そして残念なことに消費者は往々にして他の選択肢のレパートリーを持っています。商品棚でお目当てのブランドをしばらく探し回っても見つけられない場合、代替のブランドを選択します。
トロピカーナのようなリブランディングによる外観の変更は、消費者を競合ブランドにスイッチさせる機会を自ら提供してしまう危険性もあるのです。

店頭での買い物客の観察研究では、合計46%の買い物客が商品アイテムを選ぶのに5秒もかからない、というデータがあります。つまり予めお目当てのブランドが頭の中にあるわけです。人は生まれながらにしてロイヤルです。このデータは消費者の頭の中にSalientなブランドが存在していることを示しています。だからこそ、5秒内に見つけられるようにブランドアセットの一貫性を保つ重要性が分かるかと思います。

念のためですが、Consistencyとはブランドアセットの一貫性を保つことであって、訴求メッセージをConsistentにすることではありません。むしろ訴求メッセージは(消費者ごとにパーチェスファネルが異なることから)ターゲットごとに変えていくべきだと個人的に考えています。

メンタルアベイラビリティー
- トラディショナルな考え方では、1つのアトリビュートに特化することが良いとされてきた
- しかし本書は、大きなブランドになりたいなら、たくさんのCEPに紐づいていた方がよいと主張している
- 根拠は、小さいブランドと大きいブランドの差は「どれだけの数のCEPが紐づいているか」どうかだったから
- 将来購入態度に、ネットワークサイズのほうが大きな関係があった

CEPとはその名の通り、カテゴリーのエントリーポイント(入り口)で、ブランドが持つ購買のコンテキストに基づく記憶連想を指します。ブランドを特定の記憶構造と結びつけることで、購入状況でブランドが頭に浮かぶ可能性が高まるのです。

例えばコーラであれば「喉を潤したい」「リフレッシュしたい」「目を覚ましたい」などのシーンで想起される可能性が高い、といった具合です。

CEP:  The cues buyers use to think of options to buy

CEPのネットワークが広くてフレッシュであればあるほど、そのブランドは購買状況においてSalient(頻繁に想起される)になる可能性が高くなります。CEPのネットワークはブランドが構築する重要な記憶構造です。

CEPはどのアトリビュートを獲得するかの競争戦略論ともいえます。

例えば、コーヒーをマーケティングするとして、CEPを「退屈なミーティングのお供に」に定めるとします。これをクリエイティブで表現すると、ミーティング中に寝ている人の絵があって、その中にコーヒーと#facetheboringmeeting (退屈な会議に挑もう)みたいなコピーになるでしょうか。このプロモーションで「退屈なミーティング」のCEPは獲得できるかもしれませんが、未来永劫ずっとこの訴求軸で勝負することはおそらくありません。このCEPだけに固執してもブランドの成長に限りがあるからです。

Romaniukは、大きなブランドになりたいのなら、たくさんのCEPと紐づけること、つまりCEPのネットワークサイズを広げること(水平拡大)が重要と主張します。ネットワークサイズこそが大きなブランドと小さなブランドを隔てるものであり、消費者の将来購入態度に大きな影響をあたえるものだからです。

ブランドが選ばれるためには、まず想起される必要があります。関連するキューに、ブランドがリンクする広さ(水平)と、強さ(垂直)が、購買の可能性を決めます。

ここかはら個人的な感想ですが、CEPの水平拡大の範囲は自社リソースとのトレードオフと考えています。いたずらにCEPを広げすぎてもそれぞれでSufficient Lineを越えられないし、少なすぎてもニッチなブランドのままになる。ダーツの国取合戦のようなイメージです。

CEPは重要ですが、結局はメンタル・アベイラビリティーを構築する活動の一部分に過ぎません。ブランドアセットとセットになることで、CEPやそのメッセージが、消費者の記憶構造に適切に格納されるのです。

How Brands Grow Part2

説明不要の大ヒットシリーズ。前シリーズで「Popularity」が「認知」と訳されていたりと、微妙なニュアンスが気になったのでパート2も原書をあたってみました。基本的に日本語訳と変わりませんでした。

乱暴に要約するとこんな感じになります。

- Double Jeopardyの法則から言えることは、Penetrationが大事(Penetration Rules!)だから、それをもとにマーケティング戦略を考えてね、ということ。
- つまり大事なリソースをどこに分配するか、となったときに、ロイヤルユーザーセグメント向けではなく、ライトユーザーやまだ使っていないユーザー向けに舵を切る、という話(Penetrationを上げるために)
- そしてPenetrationを高めるためには、Mental AvailabilityとPhysical Availabilityが大事 (Penetration is underpinned by mental & physical availability)
- ブランドをそもそも知らなかったら買ってもらえないし、買える場所になかったら購入できない
- Double Jeopardyが存在する理由は、人がもともとロイヤルだから。

結論はここに尽きるかなーと思います。

ブランドが成長するためにはメンタル/フィジカルアベイラビリティーの拡張を通じて、マーケットペネトレーション(浸透率)を成長させる必要がある.
For a brand to grow it needs to grow its market penetration, through broadening mental and physical availability.
Penetration rules!
市場シェアの変化のほとんどは、浸透率の大きな動きと、ロイヤリティー指標の小さな増加として現れます。
Most changes in market share will show up as larger movements in penetration and smaller increases in loyalty metrics.

とにかくペネトレーション(浸透率:特定期間の1回以上ブランド購入)を上げるんだ!ロイヤリティではない!そのためにはメンタル/フィジカルアベイラビリティーを高めること!という主張です。

メンタルアベイラビリティーを高めるにはDistinctiveでSalientなブランドアセットを一貫性持って提供しつづけてBrand salienceを高める。幅広いCEPを獲得する。ターゲットごとにユニークなベネフィットを提供し続けること。などが挙げられます。


ここまで話に出てきた「Distinctiveなブランドアセット」の例をDuolingoのエピソードでご紹介します。

DuolingoにはDuoという可愛いキャラクターがいます。

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最初に見た時「これは強い!」と思いました。一方で、Duolingoの標準ロゴはこんな感じです。

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良いデザインですが、このロゴが頻出しても人々の脳の記憶構造に適切に格納される気がしませんでした。以降、日本では必ず、ロゴはDuoくんとセットで表示するようにしています。

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DuoくんというSalientなシンボルと必ずセットでテキストロゴを表示することで、Duolingoの名前が人々の記憶に留まりやすくなります。そしてDuoくんがトリガーとなり、ブランドを思い出すことも容易になります。これがDistinctive Brand Assetです。マクドナルドと聞いてゴールデン・アーチを連想する、アーチを見るとマクドナルドを思い出すのと同じです。

Distinctive Brand Assetをつくったからといって必ずしもメンタルアベイラビリティーが強化されるわけではありませんが、少なくとも必要条件ではあります。


さまざまな概念が登場しましたが、まとめると;

・最終指標であるマーケットシェアに大きな影響を与えるのがペネトレーション (Market share is underpinned by penetration)
・ペネトレーションに影響を与えるのがメンタル・フィジカルアベイラビリティー (Penetration is underpinned by mental and physical availability)
・メンタルアベイラビリティーに影響を与えるのがCEP (Mental availability is underpinned by CEP)、Distinctive Brand Asset, etc.

という関係になります。

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ちゃぶ台をひっくり返すようでアレですが、これらの知識を持っていることが何に役立つかというと、正直なところわかりません。誰かにレクチャーするときやマウントを取る際には有効です。

理由は、知っていたところで自分の手でコントロールできないからです。戦略策定やなんらかの意思決定に無意識的に寄与しているのかもしれませんが、仮にペネトレーションを高めよう!と息巻いても、じゃあ何するの?という壁にぶち当たるわけです。CEPにしたって結局は消費者の頭の中にある記憶連想なので、会議室でブレストして出てきたもので本当にいいの?といった疑念は拭えません。

これらの疑問が帰結するのは、結局のところ「消費者を理解すること」「消費者に刺さるユニークなベネフィットを追求し続けること」この2点を愚直に繰り返していくしか我々マーケターにはできることはないのではないか、という仮説です。頭でペネトレーションやCEPの大切さをどれだけ理解していようが、肝心の消費者理解がおぼつかないのであれば、最初の一歩も踏み出しようがないのです。

逆にいうとこの2点を突き詰めれば、消費者起点の戦略が組めるようになり、響くメッセージがターゲットごとに打てるようになります。それは自ずとCEPの強化や拡大につながり、その結果アベイラビリティーが向上し、ペネトレーションも増え、マーケットシェア拡大につながるはずだと信じています。まだわかりませんが。自分も勉強中の身です。

このブログ記事みたいにカタカナ語を並べてブイブイ言わせてる感を出すためなら別ですが、そうでないならひとりでも多くのユーザーやターゲット消費者と話をする方が、マーケティング実務者としてはよっぽどおすすめです。

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