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本当の君のことあんまり分からない


中途でうちの会社に入社した後輩がいた。

彼は僕より3つか4つ年上だったけど、早く入社している僕を先輩として扱ってくれた。

前職がアパレルだった彼の最初の印象は ”オシャレ” 。彼が入って1年目は一緒に仕事する機会も多くなくて、深いところまでは知れなかった。

2年目になって席が隣になった。その時の最初の印象は、”電話対応が誰よりも丁寧” だった。ただ、逆にその丁寧さのせいか壁を感じる時もあった。

日々の業務、昼食や飲み会を通して、彼との距離は近くなった。

入社以来ずっと僕を ”さん付け” だったのに、”さん” が取れて、敬語オンリーから、敬語とタメ口のミックスになった。

それがなんだか嬉しかった。


ある案件で彼が初めてリーダーに任命された。

リーダーは視野を広くして案件全体を見ていなきゃいけない。

でも初めてのリーダーで急に視野を広くすることは難しいし大変だし疲れる。それを分かっていても、そのチームメンバーでない僕は明るく声をかけてあげるくらいしかできなかった。

どんどんすり減っていく彼の心が見て取れた。

それなのに僕は絶対にしちゃいけない質問を彼にした。

「大丈夫?」

彼は食い気味で「全然大丈夫ですよ」と言った。

大丈夫?なんて、頑張っている人に聞いちゃいけない。

ましてや僕より年上で中途で、きっとプライドやプレッシャーもあったと思う。

でも僕らはお互いの大変な時期を、喝を入れ合いながら踏ん張った。

時間も気にせず話し込んだ夜もあった。


彼の案件が終わったと聞いた。そして彼は会社を休みがちになった。

ある日出社した彼は僕に、しばらく別の場所で仕事をすると言った。

それは僕たち社員の執務室とは別にある作業室で、社員が社外の人を呼んで作業する際に使う場所だった。

理由を聞く間もなく彼は去っていった。

それでもなんとなく理由が分かった気がしたから、深く追求せずに僕は僕の仕事をした。

ある日彼に会議室に呼ばれ、心が疲れてしまったこと、しばらく休養すること、戻ってくるかは分からないことを話された。

スッキリしたように彼は明るく話して、反対に僕は、何かできたことはなかったかと考え込んでしまった。

「いつでも戻っておいで。でも辛い思いしてまで戻る必要はないよ。好きなコトをやって笑っててほしい。」

僕の言えることの精一杯だった。


僕が空き時間にふらっと席を立つと、彼はその日も人の目の届かない場所で、ひとりで作業していた。

彼と話したいと思った。

軽い話でいい。隣同士で無駄話ばかりしていたあの時間のように、明日になったら忘れているようなことで構わない。

恋愛の話や将来の話、気付けば結局深い話になっていく。哲学好きな僕たちのいつものパターンだった。

僕がふとつぶやいた。

「好きな人に好きになってもらうのは難しいよ。なんでだろう」

すると彼が驚いたような顔で言った。

「今初めて本当の君を見た気がする」

笑いながら、どういうこと?と聞くと彼は真面目な顔で言った。

「今まで君とはいっぱい話してきたのに、本当の君のことあんまり分からなかった。君は自分の中で整理できてることしか話さないから。」

思わず固まった。思い当たる節があったから。

彼との会話だけじゃない。

何か相談する時も、自分の中でぐちゃぐちゃな時は誰にも話せず、ある程度整理できてから話す。

何か相談された時も、どう伝わるかを考えて、話す順序を整理して話す。

そんな僕の核心の部分に気付いた彼は、ある意味僕より僕のことを分かっているのかもしれない。


しばらくして彼は休養期間に入った。

僕の隣の席は彼がいた時と変わらず、すぐに仕事ができる形のまま、彼だけがいなかった。

それでも僕たちは仕事をする。

学生時代のように、隣の席の子が家までプリントを届ける、なんてシステムはないわけで、日々の業務が忙しければ段々と考える時間が少なくなるのも事実。

でもふとした時、思い出す。

時間が空いたからお昼行きたいな、
早く終わったから飲みに行こうかな、
あいつ着信音大きすぎてうるさいって言ったこともあったな、
例の彼女とはどうなったんだ、
僕は相変わらず整理できてることしか話してないぞ、
とか、なんてことないこと。

バカな子供のフリして、「元気?飲みに行こう」と連絡する勇気はなくて、そんな所ばっかり大人になった僕は仕事のせいにしていた。


休養期間が終わって彼の退職が発表された。

彼がいないだけだった彼の席は、どんどん片付けられてただのデスクになった。

会社を辞めると不思議なことに、僕たちを繋いでたものがなくなったように感じた。当たり前か、友達じゃなかったんだから。

それでも、沢山、本当に沢山の時間、彼と話してきた。

なのに走るどころか歩けなくなるまで心が疲れてしまってることに気付けなかった。

いや、疲れてるのは分かっていた。

彼が先輩から叱られているのも目の前で見てた。

相談だって受けていた。

「大丈夫だよ」という言葉を鵜呑みにして、僕こそ本当の彼のことが分かっていなかった。


数ヶ月後、彼の同期と飲んでいると彼の話になった。新しい仕事を頑張っているらしい。

新しくやることを見つけた、それだけでいい、嬉しい、と思った。

彼の同期は続けて、近々彼の仕事が発表される場があると話し、僕をその場に誘ってきた。

恥ずかしさもあったけど、喜んで行った。

人前に立ち、少し鼻につくファッションで、必要以上に丁寧に話す姿を見て安心した。

自信満々でキラキラしている、僕が一番最初に見た彼の姿と同じだったから。

声はかけずに帰り道メッセージを送った。

「楽しそうでよかった。また飲みに行こう」

僕たちはやっと友達をはじめられる、そう思った。






去年の話でした。

もちろんそれから彼とは飲みにも行ったし、連絡も取ってます。

僕のことも、彼のことも、お互いなんとなく分かった気でいるけど、もしかしたら全然分かってないかもしれない。

でもいいんです。これから分かっていけば。

こういう思い出を思い出すと、最近ではいつも同じ結論に行き着くのですが.. 早くコロナ収まってほしいです。

友達と笑いながらご飯を食べる幸せな時間を、怯えずに過ごせる日が早く来ますように。




僕が何者になるか、あなたに見届けてほしいです。