明日の事は誰にも分からない。それでも存続し続けるにはまず可能な限り正しい現状認識が必要という話。
1903年12月17日にライト兄弟が飛ばしたライトフライヤー号は、それまでの空中滞在時間記録を少しでも伸ばすことだけ考えていた飛行機(動力を備えた重航空機)と異なり、機体を傾け旋回させる機能を備えてました。先駆者たるもの、常にこの様に次に打つべき一手を見据えながら動いているものなのです。そのライト兄弟にすら、半世紀もしないうちに航空機が大都市を無差別爆撃する怪物に進化する未来は視えてなかった事でしょう。
そしてノーバート・ウィナー「サイバネティクス(Cybernetics,第一部1948年,第二部1961年)」によれば、情報工学はまさにロンドン大空襲(the Blitz, 1940年9月7日~1941年5月10日)で飛来する爆撃機の撃墜手段として産声を上げたのです。戦間期に急速に高速化した航空機を撃墜するプロセスに人間が判断を挟む時間的余地などなく徹底的な自動化が要求されました。「メインフレームのIBM」も、SAGE(Semi-Automatic Ground Environment=半自動式防空管制組織,1950年代終盤~1980年代)の保守を通じて技術蓄積しましたが、時宜とは常に移ろうもの。1960年代から1970年代にかけて冷戦の形骸化が進んだ結果、戦国時代と打って変わり太平の世が三百年続いた江戸幕藩体制下では築城職人が墓石職人に、鉄砲鍛冶や刀鍛冶が農具鍛治に、火薬職人が花火職人に転職した様に防衛産業や国家規模プロジェクトを支えた人材が航空会社の予約システムといった大型案件を経て次第にFA(Factory Automation)やOA(Office Automation)の分野に進出したのです。どうやらこうした激流の最中にも「正しく認識して、正しく振る舞い、正しい報酬を得る」努力を続けるのが経営責任となる様なんです?
この流れを押さえておかないと、どうしてOAやFAがERP(Enterprise Resources Planning=企業資源計画)に発展し、オープンシステム化を契機にSAP,IBM,Oracle,Redhat,デロイトトーマツの様なSustainability Solution Supplier集団形成に至った流れ自体が理解出来ません。
かつてタイムマシン経営なるものが騒がれましたが、そもそも現実世界では時間が線形に流れる保証自体がないという話…
ここまででとりあえず1000字弱。プロダクション・ノート的追記は以下。
そんな感じで以下続報…