自分のことを語るって、なんだろう。(2021年6月17日(木))
古賀さんの学校へのエントリー(残念ながら落選してしまいました)の際に提出した課題作文「新型コロナウイルスが変えたもの」を書き直そうとしたのですが、途端に筆が止まってしまい、全く書けなくなっています。
古賀さんのアドバイスのひとつは、ものごとを俯瞰で見た話だけでなく、私がどう変わったのかの話も読みたかったというものでした。思えば、とある作家さんから言われたのも同じようなことでしたし、なんなら書きものではなくリアルの世界でも、「自分のことを語らない人ですよね」と言われたりするのですが、
猛烈に困ったことに、私は私のことをものすごく頑張って語って伝えているつもりなのです。
自分のことを語るって、なんだろう。
「語っているつもりなのだけどな」と思う時にはたいてい、「理屈っぽい」と言われることが多かったように思えてきました。親にも「難しい子だ」とよく言われていたようにも思います。
頭の中の説明じゃなくて、行動と情動の記録を伝えることが「自分のことを語る」ということなのかしら。「自分のことを語らない人ですよね」と伝えてくださった方には、読んだ漫画の話や旅行の話をするようになったら「ようやく会話ができるようになった」と言われたし、そういうことなのかしら。
そんなことを思いながら、これを書く指を止め、石田ゆり子さんの『ハニオ日記』を少し読んで思ったのは、「うん、やっぱり頭の中身に触れることなく、行動と情動の記録をただただ連ねていくことなのだな」ということでした。
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