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「なかったことにする」恐ろしさ。(西條剛央さんの『クライシスマネジメントの本質』第2部を読んで)


 西條さんの『クライシスマネジメントの本質』の第1部を読みながら引っ掛かっていた、「公的機関というのは不条理な組織だ」といった表現に、「なんでそんな決めつけをするんだろう」「公的機関への反発を抱くような嫌な思いをたくさん経験されたのだろうか」などと、釈然としない思いを抱き続けていた私でしたが、この本の第2部のとある一文に「あ!これが背景にあってそういう表現をされていたのか」と見出すことができ、すっきりしたのでした。

1 西條さんが「組織の不条理」という表現を使っていた背景がわかった

 菊澤研宗は著書『組織は合理的に失敗する』の中で「不条理な組織的隠蔽をもたらす連帯責任制度」について次のように論じている。(略)「この制度は、もしメンバーの誰か一人が悪しき行動をとり、それが発覚したならば、その人間の責任が問われるだけでなく、何も悪いことをしていない他のメンバーも罰せられるというマイナスの外部性を生み出すあいまいな所有権構造の一種(略)ここで、もし連帯責任制度のもとでメンバーが自らの失敗を合法的あるいは良心に従って公表すれば、組織全員に迷惑がかかることになり、組織にとってコストは最大になる。これに対して、違法であれ不正であれ、世間の人々の不備につけ込んで失敗を隠蔽できれば、組織にとってコストは最小となる。したがって、当該のメンバーにとってはたとえ不正で非効率であろうと、失敗を隠し続けたほうが合理的になるといった不条理に導かれるのである」(『クライシスマネジメントの本質』p.307-308)

 第2部に記されているこの部分を読んで、西條さんが「公的機関というのは不条理なものだ」という前提に立たれていた背景が、ようやくわかったのでした。
 西條さんは、菊澤さんが展開する「組織の特質」の説明に納得されていたのです。

 この菊澤さんの展開する原理は、私にも、確かになるほどと思えるものでした。
 そしてこのことは、組織の大小や公的な性質の多寡にかかわらず、「一人では生きていけないすべての人」が抱え持つ「リスク」であるとも感じました。

2 「この組織でしか生きられない」と思い込みすぎることのリスク

 この第2部では、「意思決定を阻んだ要因は『超正常性バイアス』が作用したことにあるのに、教育委員会(とそれをパトロンに持つ第三者検討委員会)の調査は、『意思決定できなかったのもやむなし』と言いたい気持ちばかりを前面に出して終わってしまった」といったことが明らかにされています(詳しくはこの本をお読みください)。

 「やむなし」ということにならないと、意思決定のミスの責任を「組織として」問われてしまう。「正しく子どもたちを導く存在であるはずの教育集団」が無能で有害な存在と思われてしまう。教育不信を招いてしまう。学校が機能不全になってしまう。もしかしたら教育側の関係者たちはここまで思い込んでしまったのかもしれません。

 無能で有害な存在と思われることほど、恐ろしい(組織にいられなくなる→ほかに居場所がない場合、自分の生存に関わってくる)ことはないですからね。

 でも、組織という狭い世界の枠を離れて見つめてみると、「あったことをなかったことに」されることほど「無能で有害」なことはないわけで、この「無能・有害」を防ぐには、これまで自分が関わってきた組織や社会を離れても生きていけるよう、自分を守る(個人としてよりよくあるために、日々学習や訓練をしたり、自分を外に開いて居場所を複数持っておくなどの)必要があるのだなとつくづく思ったのでした。

3 「なかったことにしない」工夫と、「なかったことにする」人に巻き込まれない工夫

 「あったことをなかったことにする」のは割と簡単なことなのですが、「あることをあると認識すること」と「認識したことへの対応をto do list化すること」の二つは、実のところかなり難易度の高いタスクなのです。自然にしていては気づけないことを、理論の力を借りて見出し、それをした時としない時それぞれの未来を予測しなければならないわけですから。

 西條さんは第2部の随所に、「不条理を起こしやすい組織の構造」を整理してリスト化した、「アセスメントシート」を置いているのですが、こうしたチェックリストを自作し(自分の目的に有効に機能する理論を、さまざまな状況に照らし合わせられるようにフォーマット化し)日々活用することは、「あることをあると認識すること」と「認識したことへの対応をto do list化すること」に役立つなと感じました(そしてこのリストは、「あることをなかったことにする」危険な人の発見装置にも使えるはずです)。

 第1部のまとめにも書いたのですが、人は「当たり前と思うもの(そんなこと言われなくてもわかってるよと思うこと)を、なぜかやらなくなってしまう(先延ばしてしまう)」性質を持ちます。
 「チェックリスト」や「そもそもの目的」を掲げずにいると、いつのまにか大切であったはずのそれらがどうでもよくなり、最後にはそれらをすっかり忘れ、そして「いざ」という時を迎えてしまうのです。

#読書 #学習 #クライシスマネジメントの本質