先輩、ちょっといいですか2【怪談】
「……ん? あんた、またどっかで転ぶかなんかしたの?」
「ありゃ、こんなとこも擦れちゃってましたか。転ぶというか、植え込みに突っ込みました」
「なんて!?」
「地元の大通り添いの商店街、朝は爆走チャリが多発するんです。私も『からあげクン1個増量中』の店頭広告に気を取られたりしてたんで、お互い様かもですが」
「当て逃げされたってこと!? 交通事故じゃん! お互い様でもなんでもないから、それ!」
「爆走といえば、あれも最近怖いですねぇ、電動のへんなのりもの。ああいうのに引っ掛けられるよりマシかもしれません。名称不明のシロモノにキズモノにされたくないですよ」
「言い方。もう……トートだけでもこっち寄越しな。ウェットティッシュあるから」
「あ、これはこのままで」
「なんでよ。泥汚れ染みついちゃうでしょうが」
「これは当て逃げ犯と私を繋ぐ『しるし』なんです。たまに眺めて念じていればいつかは」
「寄越せ」
「あーっ」
「あんた今年中に合宿免許考えてるとか言ってたけど、マジ気を付けなよ」
「ワオ。そうでした。先輩もどうですか一緒に」
「通いで取得済です」
「大型二種とか」
「はいはい」
「危険運転といえば、高速道路で怖い体験したって話をこないだ聞かせてもらいましたよ」
「高速かあ。私も苦手。合流とかさ、個人の腕前や他人の親切心に頼り過ぎなんだよ」
「話してくれたのは二十代の男性。休日に彼女さんと遊んだ帰り、夕方近くに高速を走ってたんですって。交通量は少なくないけど渋滞まではしてなくて、まあ順調に流れてた」
「……ん?」
「すると、自分達の前方を走るクルマの様子がなんだかおかしい。左側へふら……ふら……ってヨタつくらしいんですな。スマホ操作か下手すりゃ居眠り、とにかく危なっかしかったんだそうです」
「あ、ああ……うん」
「巻き込まれで追突とか勘弁ですよねぇ。助手席の彼女さんもむっちゃ不安そうにしてて『あれ、あおり運転だよね? 通報した方がよくない?』って」
「え、前後そこまで詰まってたの」
「車間距離は十分確保できてたそうです。怪しい動きしてる分、普段より広めに取ってたくらいだって言ってました」
「なら別にあおってはなくね? その人の彼女、あおり運転の意味あんまわかってなかったのかな」
「話してくださった方もそう思ったらしいです。で、こいつ可愛いなぁでへへ、あ、そういうのいらないですって言いました私」
「厳しっ」
「ともかく彼女さんがオロオロしてるから、こりゃもう追い越し車線から前へ出てやり過ごすかと。さっきも言ったように渋滞まではしてなかったし、抜くことは可能だったわけです」
「できれば車内の様子も確認したいよね。居眠り運転だったらクラクションか、それこそ最悪通報でしょ」
「で、後続車にパッシング? っていうんですか。あれで知らせて、ウインカー出してハンドル切ろうとしたら彼女さん『えええ危ない何してんの!』って大声上げて」
「うえ、そこまでふらっふらとかマジ危ねえな」
「いえ、そうじゃなくて『あおり運転の方にぶつかる! ぶつかっちゃう!』って」
「……え?」
「とりあえず態勢立て直して、いやだから、危ないクルマやり過ごすために追い越し車線から抜くんだよって説明したそうです。ふらつくクルマをあおり運転だと勘違いするような子だから、よくわかってないんだろうなと」
「免許持ってないのかなあ、その子」
「持ってないのはその通り。けど彼女さんは免許制ではない別の『モノ』を持ってたみたいです」
「ンッ?」
「よくよく彼女さんの言い分を聞いてみると、彼女さんが『あおり運転』だと言ってたのは、ふらつく先行車の右隣り、追い越し車線でぴったり並走する一台の『クルマ』のことだったんです。もちろんそんなクルマ、提供者さんの目には一切見えてない」
「提供者っ?」
「彼女さんが言うにはその『あおり運転』の並走車は、たまに助手席から手を伸ばして、運転席のドアガラスをポン、ポンってからかうように押してるんだそうです。前のクルマはその都度、左側へふらっ、ふらっ」
「ちょ……!」
「そんな話を聞かされてからはもう、祈るような気持ちで車間キープして、本来の降り口から大分手前で高速を降りたそうです。薄情者だよね、ってしょんぼりしてたから、いやいや下手にクラクション鳴らしてその『あおり運転』にロックオンされても困りますしって慰めておきました。彼女さんが『わあ助手席から顔出してる! こっち睨んできた!』なんて絶叫したらたまったもんじゃないですよ実際」
「たまったもんじゃないなあ実際! 何シームレスに怪談へ移行してくれてんのかなあ!」
「話すつもりなかったんですけどね。不思議ですねぇ」
「ああ……『二十代男性』とか言い出した時点でよぎるものはあったのに……いくら創作だからって、私怪談好きでもなんでもないから……!」
「へ? 創作? そんな前置きしましたっけ、私」
「……はっ? え、え、えっ?」
「?」
「だ、だってあんた、怪談考えて書くの、趣味だって……!」
「――創作怪談書きし者は、実際に見聞きした話、しちゃだめなんですか?」
「オアッ!?」
「……あ、すごい、汚れがすっかり薄くなりました。やってくれましたね先輩、ではなくありがとうございました先輩。じゃ、またお昼にでも」
「え、え、え、ちょ、ちょっと!」
「……えええええー……」