表紙に変なフォントが使われている本のタイトルをトレースしておお、そんなことするんだ…と思った午後
ある日Googleニュースを見ていたら造本装幀コンクールという賞の存在を知り、そこで東京都知事賞を受賞した本に目がいった。柴犬二匹でサイクロン…なんか変。特に表紙のフォントが。https://twitter.com/okomeinusame/status/1669317388263886851
この本に使用されているフォントについては『文藝 2022年秋季号』「この装幀がすごい!」が初出の川名潤の選評で言及されている(『出版とデザインの26時』収録)。それによると、この本の装幀にはSTHeiti(华文黑体)、PingFang(蘋方)などMac標準搭載の簡体字や繁体字を使用されている。そして、これらの中文書体には日本語仮名のデータがなぜか収録されており、バランスが悪く見慣れない味わいがある。
この情報を参考にその「見慣れない味わい」を体験してみたい。ということでタイトル部分だけになるがトレースしてみた。
タイトル部分のフォントを特定する
いくつかのMac標準搭載の中文書体を当てはめて検証した結果、タイトル部分にはHeiti TC(黑體-繁)が使われてるようだった。あと、ベタ組みであることもわかった。もう、ぴったり一致している…一箇所以外は…。
「二匹」の「二」が違う。これだけ別のフォントを使用している…?いや、もしかして…
漢字の「二」をカタカナの「ニ」に変更したらぴったりと一致した。変更した方が確かにバランスが悪い仮名が生かされて違和感が強まっている。でもなんでここまでして違和感を強調するのか。本の中身を読んでみよう。
で、『柴犬二匹でサイクロン』を読む
以下、デザインの意図を解釈するために表題作と、逸脱が激しい特徴的な歌の2本を引用する。
犬が二匹戯れている…映画か何かのうろ覚えの魔法の呪文を唱えながら洗濯物が乾くのを待っている…といったようにごく日常的な風景を描写しているようだ。が、同時に、奔放な言葉の選択によりそれは見慣れない何かにも感じられる。
おそらく、この本の装幀は「言葉の選択により日常が見慣れない何かにも感じられる」短歌に似合うように「書体の選択により日本語が見慣れない何かにも感じられる」タイポグラフィで応えている。
おわりに(ついでに)
そういえば、近年Webやアプリでの日本語環境で日本語の文字が中文書体で表示されてしまうことがあり、このとき表示された違和感のある文字がネット上では「中華フォント」と呼ばれ忌み嫌われていたりする。もしかしたら、こういうところから中文書体の変な仮名を使うという発想が来ているのかもしれない。
なんにせよ、ブックデザインに「日本語だが日本語ではない不気味なもの」をとてもこだわりのあるやり方で取り入れていることがわかった。そしてそれは本の内容に合っている表現と言えそうだ。いいよね、トレースする暇。