ピクニックやっほー!やっほー!久しぶりのやっほーな気持ちの話
人に会っていなさすぎる。限界だ。
コロナ禍前、いや、子供を産む前は人と実際に会ってお話をしたり聞いたりすることが私の仕事だった。
1対1のコーチングにしろ、1対多のワークショップにしろ、そこには生身の人がいた。
生身の人がいるからこそ、起こる偶発的なことがある。
私はそれを「良い事故」と言っているが、それが大好きだ。
趣味も細かいものはハマったり飽きたりとちらほらあるが、ずっと好きなのはそれぞれの人生を生きてきた人たちと、意図もなく始まる飲み会。
やたらお酒に強いこともあり、目的は酔うことではない。
同じ場に長くいることで始まる話や展開、そしてその中から生まれる何かが好きだ。
あ、ちなみに日本酒とクラフトビールが好きです。
いや、それはいいか。
話を戻します。
と、いうわけで。
先日思い立ってFacebookで思いの丈だけ載せた、すごく雑な案内文でピクニックを開くこと、そしてそこで会おうよ!という募集をかけた。
1人か2人か来てくれたらいいな。
普段保育園と家族以外とは遊んでいない1歳&4歳を連れていくので、同じ年くらいの子供もいたら、コロナ禍で全く見れなかった子供達の子供と遊ぶ姿が見れるかな。
それくらいの軽い気持ちで。
結果、まさかの30人ほどの大ピクニック大会となった。
ィヤッタァ!!!!
メンバーはぐちゃぐちゃ。
10年前からの飲み友達、Twitterからできた友人、ライフハック系友人、ブログ関連の友人、子供繋がり(戦友ともいう)…
最高じゃないか。
ファミリーできてくれた人も多く、0歳〜4歳のお子さんが自由に入り混じることに。
様子をうかがう子、解放されたかのように芝生を楽しむ子、人見知りをする子、コシタから圧の強い挨拶を受けて逃げる子(やめろ)、ニコシタにおもちゃを奪われる子(おいこらやめろ)、コシタの頭なでなで攻撃を受ける大人、初っ端から秩序なく始まった。
私は全員知っている。
しかし、それぞれはほぼ知らない人。
巻き添えで参加した我が旦那に至ってはSNS一切やっていないので、本当に誰も知らない。
本来なら名前だけでも他己紹介を私がするべきなのだろうが、逃げる子供を追いかけることに必死で、それすらもままならぬカオスな空間。
コロナ禍を経て知っている。
きっとこれは平和で、贅沢なことだ。
主催としてはそれぞれの人を紹介することすらできなかったのはかなりの反省点ではあるのだが、個人的には前述の子供を追いかけていたからできなかったというのはあまり正確ではないと感じる。
何を紹介したらいいかわからなかったのだ。
お仕事、特技、趣味、それぞれの人の情報はもちろん持っている。
でもこの場にいるこの人は「今」何と表現するのがいい人なのか、それがわからなかった。
コロナ禍においてオンラインの交流は大切なものだったが、自分発信の文章はあくまで「見せたいもの」「見せてもいいと自身に許可しているもの」。
その人自身の「今ここ」を必ずしも反映したものではない。
この日はオフライン、生身の一人一人に会えたことで改めてここを実感した。
コーチングの中では仕事や悩み、アイデアについてなど、解決したいことに向けて問いを立てることもあるが、「今ここにいて、生きているあなたが何を感じて何を大切にしたいと思っているか」に問いや思考のベクトルを向けることが多い。
ピクニックの紹介でも、私はここで引っかかってしまった。
職業病ともいえるが、私は結局、私自身が知りたいんだと思う。
今のあなたは、何を大切にしたい人なの?
そしてこの問いは今私にも向いている。
私は自分が大切にしたいものを大切にできているか?
自分の興味関心、そして心のままに動き回る子供達を見ながらそんなことを考えていた。
大人も子供も、生身の動く体はエネルギー体だなぁ。
雄弁だなぁ!
秋ぐらいに落ち葉に埋まるピクニックとかしたいな。
そしたら来てくださいね。
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