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【掌編】未来のカレンダー

「お母さん、これなあに?」
 小学生の頃、私は鏡台の片隅に置かれたそれを指さして、母に聞いた。
 曜日と、1から31までの数字。カレンダーみたいだけれど、木のブロックが積まれたそれが、本当にカレンダーなのか分からなかったのだ。
「これはね、万年カレンダーって言うの」
 母は化粧する手を止める。
「こうやって組み合わせて、その月のカレンダーにするのよ」
 そう言うと、母は数字を入れ替え始め、来月のカレンダーを作った。
「あっ、本当だ!」
 私が感嘆の声を上げると、母はまたブロックを動かす。
「それから次の月」
 次の月、次の月、と、母の手は、未来を生み出していった。
「すごいすごい! お母さん、これちょうだい!」
 私はそう言ってねだったが、母は首を振った。
「これはね、お父さんからもらった大事なものなの。大きくなって、お母さんと同じように大事にできる様になったら、あげる」

 万年カレンダーには、未来が詰まっている。
 私はそれを何度もねだったが、母は決して首を縦に振らなかった。
 いっそのこと自分で買えば良かったのだけれど、私はどうしても母のそれが欲しくて、譲ってくれるまでは我慢しようと決めていた。
 母がいないとき、私はこっそりとカレンダーを組み替えて遊んだ。自分の手で未来を生み出しているようで楽しかった。
 やがて大学に進学して、一人暮らしを始めることになったとき、母はその万年カレンダーを私にくれた。
「大事になさい」
 私は嬉しくて、机の上に置き、時たま未来の日付を作って楽しんだ。単なるカレンダーなのに、そこには未来があるように思えた。
 ――大学を卒業する三月。就職して、それから、三年くらいで彼氏ができて。二年で結婚かな。子供が生まれて――。私は勝手に未来の計画を立て、その月のカレンダーを作っては眺めた。

 やがて大学を出て、就職し、恋人ができた。結婚し、子供が生まれた。

「お母さん、これなあに?」
 子供が聞いてくる。私はあの時と同じように、子供に説明する。
 角が取れて丸くなったブロック。染み込んでしまった汚れ。陽の光で焼けた木材。
 あの時は、未来ばかり見ていた。でも今なら分かる。詰まっているのは、未来だけじゃない。このカレンダーには、過ぎ去った日々が、込められているのだ。
 いつか大事にできるようになったら――どうか、引き継いでね。

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