あ、起きた? おはよー。朝ごはん、もうすぐできるから。さ、座って座って。そっち。箸が置いてあるほう。あ、いいよお、何にも手伝わなくて。私が全部するから座ってて。 なに、鳩が豆鉄砲食らったような顔してー。昨日友達と『彼女の手作りの朝ごはんが食べたい』って話してたでしょ。だからこうやって作りに来てあげたんだぞ。ふふ。頑張って作ったんだからね、朝ごはん。和風。洋風より和風派――だったよね? うん。 まずはこちらを持っていきまーす。はい、どうぞ、味噌汁です。え、泡立ってる?
薄く目を開けて、今何時だ、と思う。 慌ててスマホを見ると八時半過ぎで、飛び起きた瞬間、『(日)』の文字が目に入り、はああ、と息を吐いて再びベッドに倒れ込む。 休みだ。今日は休みだった。 まだ少し動悸が早いのを感じながら、僕もすっかり社会人だなあ、などと考えてしまう。昨日は休日出勤プラス予想外の残業で、帰ってきたのは日付が変わってからだ。そのまま倒れ込むように寝てしまっていた。 疲れが取れていないのかあまり頭は回らないが、空腹だけは感じる。僕はノロノロと立ち上がった。
「お母さん、これなあに?」 小学生の頃、私は鏡台の片隅に置かれたそれを指さして、母に聞いた。 曜日と、1から31までの数字。カレンダーみたいだけれど、木のブロックが積まれたそれが、本当にカレンダーなのか分からなかったのだ。 「これはね、万年カレンダーって言うの」 母は化粧する手を止める。 「こうやって組み合わせて、その月のカレンダーにするのよ」 そう言うと、母は数字を入れ替え始め、来月のカレンダーを作った。 「あっ、本当だ!」 私が感嘆の声を上げると、母はまたブロッ
ぽっかりと開いたスペース ……ふざけんなよマジで。 庭にあった枇杷の鉢植えが一本足りない。大き目の鉢に植えられ、一メートルほどの背丈になったそれは忽然と姿を消していた。 朝にはあったはず。だが今、妻に呼ばれて眺めた果樹の鉢植えの列に、その大事な枇杷の木はなかった。 「やっぱり、あなたが動かしたんじゃないよね?」 列にぽっかりと開いたスペースをスマホのライトで照らしながら、妻も困惑したように聞いてくる。当然だ。自分は今日会社へ行っていたし、そもそも置いてある場所は日当
「ねえねえ、今日は珍しいものを買ってきたんだ」 と、僕は彼女と同棲するワンルームに入るなり、袋を掲げた。 「なに?」キッチンの彼女が振り向く。 「こっち、こっち来て」 とリビングに案内し、やっと手に入れた二つのブツを袋から出す。 それらはカン、コン、と音を立てて机に置かれた。 「ほらほら、『ハワイの空気』『モルディブの空気』の缶詰!」 僕は波打ち際が描かれた鮮やかなラベルを指しながら、どう? と彼女の顔を見た。 だが、僕の期待とは裏腹に、彼女は能面のような表情にな
「見つかると思うか?」 三次元アクティブレーダーのモニターを見ながら、俺は操縦席に声を掛ける。 「さあな」 シャトルが軌道からずれないように忙しなく計器を眺めながら、相方のイーゴルが答える。 「十八年も前の事故だ。下手をすれば大気圏に落ちているし、そうでなくても同じ軌道を回っている可能性は限りなく低い」 「そうだよなあ……」 俺は頭の後ろで腕を組んで椅子にもたれる。こうやって衛星軌道の上で目的のデブリを探しながら放浪し始めて、もう一週間になる。 「狭いようで広い衛星軌道
意識が戻ってきて目を開けたが、暗いままだった。視界の左に小さな赤いLEDランプが見える。 体をよじらせると、どうやらベルトで固定されているのが分かる。わずかな明かりで少し目が慣れると、そこは狭い空間だった。まるで棺のような――いや。 思い出した。 「AI、モニターをオン」 かすれた声に自分でも驚くが、AIはそれでも認識した。一瞬の間ののち、前面がパッと明るく――は、ならなかった。そこは星空だったからだ。いや、空ではない。星の海だ。 ここは地球から遠く、本当に遠く離れ
一縷の望みをかけて電源スイッチを入れる。ブン、と電気の通る音がする。固唾を飲んでコンソールモニターを見守るが、ついに文字が表示されることはなかった。 「——ダメね」 もう手は打ち尽くした。私はそのまま主制御室の床にゴロンと横になる。 この調査船の命は尽き、やがて私の命も尽きるのだ。 銀河系ペルセウス腕探索チーム第五分隊、E3方面の探索は調査員行方不明という結果で終了する。 本当にありえない確率だと思う。星系間ワープの息継ぎに出た通常空間で、遊離岩石と衝突したのだ。当
記事をプロフィールにしてバッジ取れとシステムが勧めてくるので。 小さかった頃から順に。覚書みたいな物なので、八川という人物に興味が湧くという奇特な人以外はあまり真剣に読まなくても良いかと思う。 まず最初は、原作:ルブラン、翻訳:南洋一郎、『奇巌城』。中身は忘れてしまったが、表紙と原作、翻訳者だけはしっかり覚えている。父親が子供の頃、母親(自分からは祖母)に買ってもらった本で、そのため値段が二十円だが四十円だかだった。祖母にどうしてそんなに安いのか聞いて、昔は物の値段
コクピット内が赤くなり、ビープ音が連続的に響く。ロックオン警告。 「緊急回避!」 戦闘AIに叫ぶと、スラスターが噴射され機体は回転しながら上昇。一瞬にして4Gが掛かり意識を失いかける。反転、逆回転からの急速下降に血流は頭に集中する。 警告音が止まる。 ふうぅ、と息を吐き、強化アクリルを通して頭上の地球を仰ぎ見る。 軌道上で展開される月面独立軍との戦闘はかれこれ三時間は続いていた。通信によるとかろうじて連合軍が有利なものの、お互い消耗しており、まもなく戦闘は休止される