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軌道幽霊船

「見つかると思うか?」
 三次元アクティブレーダーのモニターを見ながら、俺は操縦席に声を掛ける。
「さあな」
 シャトルが軌道からずれないように忙しなく計器を眺めながら、相方のイーゴルが答える。
「十八年も前の事故だ。下手をすれば大気圏に落ちているし、そうでなくても同じ軌道を回っている可能性は限りなく低い」
「そうだよなあ……」
 俺は頭の後ろで腕を組んで椅子にもたれる。こうやって衛星軌道の上で目的のデブリを探しながら放浪し始めて、もう一週間になる。
「狭いようで広い衛星軌道だからな。小さなシャトル一つ見つけるなんてのは至難の業だぜ」
「受けたのはお前だ、タキ」
 こちらには幅広のごつい背中だけを見せてイーゴルは言う。
「報酬が良いからとか言って」
「しょうがねえだろ、わが『オービタルスケープ』社は常に金欠なんだ——」
 レーダーに反応。俺は前かがみになって情報を読み取る。聞いていたサイズよりわずかに小さいが、デブリの反応がある。
「デブリを補足。そっちのモニターにも出すからシャトルの航法AIに指示を」
「了解」
 イーゴルはスリープから復帰した目の前のモニターを見ると、キーボードの上に指を走らせる。
『目標地点をポイント。移動します』
 航法AIの声とともに、愛しのデブリ回収シャトル「SSD-17」は動き出した。

 月面基地にある小さな事務所で、俺はクライアントに仕事の内容を尋ね直さざるを得なかった。
「人捜し? 我々はデブリ回収業——単なる掃除屋ですよ?」
 デブリ回収業は衛星軌道上のゴミ——ロケットの残骸や破損した衛星のかけらを集める仕事だ。軌道上の安全を守る、と言いう建前のもと、やっていることは単なる廃品回収でもある。
「ええ、知っています」
 上品そうなご婦人は、目の前でゆっくりとコーヒーを飲みながら平然と答える。
「だからお願いしているんです」
「警察か探偵事務所に行かれては」
「彼らはデブリを回収してくれません」
「デブリ?」
「彼は今、デブリとなって衛星軌道上を回っている——はずです」
 ご婦人——イライザはコーヒーカップを置く。
「十八年前に軌道上で小さな事故がありました。ご存じですか」
「はあ、いや、えーと」
 俺がデブリ回収業として働きだして十年だ。そこまでならよほど小さくなければ覚えているが、十八年前となるとよほど大きな事故でない限り知らない。
「夫はあなた方と同じく、デブリ回収業をやっていました」
 同業者か、と、俺は黙って聞く。
「十八年前のその日、いつもと同じようにシャトルで回収作業をしていた夫は、皮肉にもデブリにやられました。デブリはエンジンを貫き、シャトルは制御不能に。軌道上でデブリをまき散らしながらロストし、自らが回収不能なデブリとなったのです」
 よくある話だ。今でこそ航法AIの発展でずいぶん事故は減ったが、それでも年に数回、こういった事故は起こる。
「しかし、なぜ今さら、いえ、その事故の際に回収はできなかったのですか」
「もちろん手を尽くして探しました。しかしどうやら複雑な動きをしたらしく、追跡は不可能と判断され、見つからないまま捜索を打ち切らざるを得ませんでした」
「なるほど、お話は分かりました。しかし今になってそのシャトルを見つけ出すというのは到底——」
「何度も夢を見たのです」
 イライザは俺をまっすぐに見た。
「夢の中で夫は、帰りたい、見つけてほしいと何度も私に頼むのです。事故直後でさえ、こんな夢は見ませんでした。何か必ず理由があるはずです」
「ですが——」
「手付が十万クレジット、見つかった際には百万クレジットの報酬を出すことができます」
「やりましょう!」
 俺は即座に手を出して握手を求めた。破格すぎて、俺の判断はどこかへ吹っ飛んでいった。この一件で一年は食っていける。
 イライザは目をぱちくりさせ、それからふっと息を吐いて両手で俺の手を握った。
「お願いします」
 イライザは頭を下げる。
「夫は帰りたがっているのです。必ず見つけてやってください」

 ポイントから三十メートル。光学映像を拡大する。
「衛星だな、こりゃ」
 これは首を振る。あったのは大型の衛星で、イライザから聞いていたシャトルのサイズよりやはり小さい。サイズから見て、スパイ機能を含めた多目的衛星の残骸だろう。
「こんな調子ではいつまでたっても見つからんな」
 珍しくイーゴルがため息をついた。
「どのみち今日の捜索が終わればいったん補給のために月面基地に戻らねばならん。依頼主に直接会って、断ったほうが良くないか」
「イーゴル、お前毎日の定時連絡見てるだろ」
 今度は俺がため息をつく番だ。
「あのご婦人、あきらめると思うか?」
「——いや」
 月面基地に滞在するイライザに、毎日定期報告を出している。俺たちよりも、むしろイライザのほうが熱心だ。捜索ログを見ては、何が見つかったのか、とか、明日はあっちを捜索しろ、とか、下手なデブリ回収屋より計画能力がある。
「あのオバさん、何者だよ」
「おい、タキ、お前知らんのか」
 イーゴルが驚く。
「何を」
「新興企業ブートマーク社の女社長だぞ。資料にあっただろう」
「いや、ろくに読んでない、すまん」
「あのなあ……まあいい、景気のいい話なんだ、少しぐらいはクライアントにも気を配れ」
「検討するよ」
 適当な返事をしながら、俺はまたモニターに目をやる。
 ふと、画面の右下にレーダー範囲内に電波源がある旨の注意書きが出ているのに気が付く。
「おい、イーゴル、この時間帯にこの近辺を通る船舶類はあったか?」
「いや。少なくとも管理局に提出されたプランにはない。変更は——」
 イーゴルはキーボードをたたく。
「——いや、それもない。どうした」
「電波の発生源がある。いま信号の解析をAIにさせている、ちょっと待て……」
『救難信号です。旧式のプロトコルのため、船舶番号などはありません』
 解析結果を告げるAIの言葉に、俺とイーゴルは顔を見合わせる。救難信号を受信したものは、可能な限り救助に向かわねばならない。回収屋の暗黙のルールだ。
「仕方ない、救助に向かうぞ。座標確認」
 イーゴルは再びキーボードに指を走らせる。
『目標地点をポイント。移動します』
 航法AIの決まり文句と、あわせて加速度が俺たちを包んだ。

 大きなダンゴムシのようなシャトルは、長年軌道を回っていたせいだろうか、デブリの衝突による小さな穴が無数に空き、一目でまともに稼働しているものではないと分かった。
「幽霊船かよ……」
 俺は手元の写真と光学映像を見比べながらつぶやいた。
 救難信号の発信源は、まさにイライザから依頼のあったシャトルだった。ただし後方のエンジン部は大きく破損し、姿勢制御用のスラスター部も何か所か吹っ飛んでいる。写真と違うそれらは、逆に聞いていた通りの状態でもあった。ダンゴムシの背の部分では、発電パネルが太陽の光を反射して輝いている。
「落ち着け、同型機の可能性もある。誰かが乗っているかもしれん」
「否定して悪いが、あの型のシャトルは中古も含め八年前にすべて引退している。旧型過ぎて、扱えるところはどこにもないはずだ」
「幽霊船の可能性のほうを否定しろよ……」
 とにかく状況を確認しなければならない。
 俺は船の後方に向かい、外に出る支度をする。ヘルメットをはめ、エアロックを通じてカーゴに出る。置かれているのは軌道スクーターだ。タイヤの代わりに上下左右あらゆる方向に移動するためのスラスターが付いた、デブリ回収屋には必須の乗り物だ。
 俺はスクーターにまたがると、シュッ、とスラスターを噴射して、離床する。ぐるりと回り、目標のシャトルに向かう。
『イーゴル、ヘルメットカメラの映像はどうだ』
『問題なし。ゆっくり近付いてくれ』
『了解』
 徐々に大きくなるシャトルの、コクピット側に俺は回る。ちょうど太陽が前方に来ていて、中は丸見えだった。

 主操縦席に座っていたのは、ミイラだった。

『……っと。見えるか、イーゴル』
『ああ』
 スーツは着ているものの、ヘルメットを着けていないところを見ると、ロスト直後はコクピットの機密に問題がなかったのだろう。
『ビンゴか……乗り込むぞ』
 俺はスラスターを噴射しながら上部のハッチに近づく。
『気をつけろ、もろくなっているかもしれん』
 その通りで、上部にあった入り口のドアを引いてみると、簡単に外れた。簡単すぎてドアをそのままふっ飛ばしてしまい、大気圏に向かって落ちていったが、まあ、デブリにならなかっただけ良しとしよう。
 内部は暗く、電源類は死んでいる。そのままコクピットに向かう。
 外から見たように、操縦席にはミイラがいた。俺は軽く手を合わせる。イーゴルなら十字を切るだろうが、俺はブッディストだ。夫の写真はもらっているが、こんなミイラになっていてはどのみち分からない。
 ちかちかと点滅するLEDがミイラの足元にあった。
『救難信号モジュールか』
 これは、事故があったときシステムと一緒に動作不能になっては困るため、電源系は別になっている。それで船内がいくら暗くても動作しているわけだが、十八年の時を越えて動作している、というのはやはり理解しがたい。
 そもそも、最初の遭難時に電波を出しているわけで、改めて充電でもしない限り、バッテリー寿命は長くて半年ほどしか持たない。
『タキ、まずは船内の撮影だ。依頼主に確認をとる』
『分かった』
 イーゴルの言葉に、俺はとりあえず船内をぐるぐると巡る。ミイラも映す。映像のベースとできそうな分を撮り終わり、俺はいったん船外に出ることにした。
 船外に出ると、太陽がまぶしい。その瞬間、俺は気が付く。
 《《シャトルが安定している》》。
『イーゴル、このシャトルの相対速度、出せるか。対地じゃなく、ヨーとロール方向だ』
『何だって? ちょっと待て』
 イーゴルは沈黙し、何やらキーをたたく音だけが聞こえる。俺は掌で太陽を遮りながら、答えを待つ。
『——驚いたな、ヨー、ロールの方向とも、〇・〇一メートル以下だ。ほとんど静止に近い』
 俺はシャトルの表面に張られた、太陽の光を反射する発電パネルに目をやる。
 デブリ衝突でエンジンが制御不能になった船は、あらゆる方向に回転が発生する。その状態では発電パネルを太陽方向に向けることができずに電力を貯めることができない。この船も、そうやって長い間軌道上を漂っていたはずだ。
 だが、なんの偶然か、シャトルの姿勢が安定した。
 表面にできた小さなデブリの穴たち。恐ろしいほどの偶然で、デブリの衝突が回転を打ち消し、パネルを太陽の方向に向ける形でシャトルを安定させたのだ。再び発電された電力は救難信号モジュールに貯められ、そして。
『もう一度、信号を出せる状態になった、ということか』
『なんだ、どうした』
『いや。——このシャトルで間違いないだろう。後で説明するよ』
 デブリの衝突で機能を失ったシャトルは、デブリの衝突で機能を取り戻した。取り戻したことで信号が発せられ、この広い軌道上で俺たちは見つけることができた。
 デブリによって行方不明になった彼は、デブリによってまた、戻ろうとしている。
 俺は、戻りたいと言っている、と話したクライアントの言葉を思い出した。
『偶然、というには低すぎるこの確率は——執念かもしれんな』
 俺はつぶやいて、再びスクーターに乗った。


《了》

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