名古屋の産業と暮らしを支えてきた 堀川、江戸〜昭和の記憶をたどる 【伝馬橋から新洲崎橋まで】
11月3日文化の日、堀川文化探索隊 伊藤 正博さんのガイドで堀川沿いを歩き、街が移り変わっていく痕跡を訪ねてきました。
はじめに城下町の入口として栄えた伝馬橋へ。
江戸の頃、このあたりは商船の積荷を下ろしていた場所で、商人も多く大変賑わっていたそうです。
周辺の神社には船の安全のために奉納した石柱などが残っており、川を中心に人々が暮らしていたことがわかりました。
錦橋では、戦後復興の中、鉄道や橋を中心に街が発展していった様子を伺いました。
納屋橋から洲崎橋付近は、船で運ばれてきた年貢米を貯蔵する藩の蔵や奉行所が並んでいたそうです。
昔の名所図をみると堀川に多くの船が浮かび、陸には米俵が山と積まれていて、その規模感にびっくりします。
最後は、今は暗渠化された江川、松尾芭蕉も歩いた柳街道をのぞんで街歩きは終了しました。改めて堀川を歩いてみると、当時の街の様子を知れるものが多くあり、川が名古屋の街や人を育ててきたことを感じた1日でした。
レポート:ちなさん、カメラ:末松
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