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小説 開運三浪生活 31/88「幽霊部活」

不本意で入った大学とはいえ、初めて受ける講義は文生にとってどれも新鮮ではあった。全学部共通の情報演習ではパソコンに触れること自体が刺激的だったし、行政学や政策学基礎、憲法学といった公共政策学部の専門科目では、教員一人ひとりの雑談を交えた講義が面白かった。

ただ、その新鮮さは長くは続かなかった。入学する前から判っていたことだが、公共政策学部はやはり文系中心のカリキュラムだった。法学部や経済学部でやりそうな講義が多かった。なかには生物学や地震学といった理系の教員もいたが、いかんせん少数派だった。三年生から分かれる四つのコースのうち、地域環境コースに進めば環境問題について多少は学べるということだったので文生は県大を受けたのだが、あまり期待はできそうになかった。

――このままだと俺、本当に文系人間になっちまあぞ。

それは嫌だった。入学から二週間、三週間と経ち新しい環境に慣れてくると、文生には不安と不満が芽生え始めていた。

学業のほかに、もしくはそれ以上に、大学でやってみたいことが文生にはあった。中学でやっていた卓球の再開である。高校生の時に読んだ小説『北の海』で文生のスポーツ魂に点いた火は、いまだ消えずにいた。青春の情熱を卓球で燃やしたい。そのためには、生半可なサークルではなく、部活に入る必要があった。

幸い、県大に卓球部はあった。入学早々、学内の掲示板に貼られた部員募集のチラシを目にした文生は、代表者に見学希望のメールを送った。返信のメールで指定された水曜の夕方、文生は体育館の片隅にある卓球場に部活の見学に行った。期待半分、緊張半分の心持ちだった。

「……こんにちは」

恐る恐る開けた扉の先には、誰もいなかった。一時間待っても誰も現れなかった。文生はがっかりしたが、卓球台があるのだから、部が存在しないはずはないと思った。翌週の水曜日にもう一度行ってみたが、またしても誰も来なかった。文生はさすがに不安になってきた。そもそも活動日が週に一日しかない時点で、サークル然とした相当ゆるい部活なのかもしれなかった。

――まだできて二年目の大学だ。最初はこんなもんだろ。

文生は自分を納得させて、体育館から立ち去った。

「何度も来てもらって申し訳ないね」

ようやく一人の部員がやってきたのは、三回目の水曜だった。情報理工学部の二年生だという色白の男子学生は、部員はキャプテンである自分を含めて三人しかおらず、みんな忙しくてここ半年ほどまともに活動できていないことを申し訳なく説明した。

「そうだったんすか……」

文生は肩を落とした。これでは幽霊部員ならぬ幽霊部活ではないか。

「それでね、田崎君」

失意の文生が顔を上げると、キャプテンはにこやかに告げた。

「卓球部、君にあげるから。田崎君の好きにしていいよ」

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