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小説 開運三浪生活 32/88「メール大作戦」

県大には公共政策、情報理工、社会福祉、保健福祉の四つの学部があり、一年生だけでもざっと二百人以上の男子学生がいる。それだけいれば卓球経験者も少なからずいるはずで、全員に勧誘メールを一斉送信すれば団体戦を組めるくらいの人数、最低でも自分を含めて四人は集まるだろう――。突然卓球部を託された文生は大雑把な目算のもと、部員集めに乗り出した。

『北の海』に登場する四高柔道部のような、男子だけのストイックな部活を文生は夢見ていた。中学時代の卓球部も男子だけだったし、下ネタも馬鹿話も許される男子だけの居心地のいい高校生活に慣れきっていたので、万が一女子に入って来られてもまともに会話できる自信がまるでなかった。女子が卓球場にいるだけで、ただでさえ重い文生のフットワークはますます鈍くなり、あまり器用ではないラケットさばきがなおさらぎこちなくなることは容易に想像された。

県大の学生用のメールアドレスは、@までは学部固有のアルファベットに連番が付いただけの単純なものである。と言っても、さすがに男女を識別してメールを送ることは不可能なので、思い切って一年生全員にメールを送信した。

・男子であること。
・卓球経験者であること。
・毎週水曜の活動に参加できること。ただし活動頻度は徐々に増やしていく。
・卓球で熱くなりたいこと。

この四つが入部の条件だった。面と向かってのコミュニケーションには人一倍臆病な文生だったが、パソコンを前にすると気が大きくなった。それでも、送信ボタンを押す人差し指は緊張で冷たく震えていた。

一週間後、三人の部員が卓球場に顔を揃えた。文生は自分の顔が紅潮するのを感じていた。希望どおり頭数がそろった嬉しさと、言い出しっぺである自分がしっかりしなければならないという責任感があった。

「んじゃ、今日は、とりあえず自由に打ち合いましょう」

二つの卓球台に分かれて念願の部活が始動した。ほぼ三年ぶりに握るラケットだった。楽しくないはずがなかった。集中するほど表情が険しくなる文生とは対照的に、残りの三人はどこか軽やかだった。彼らも卓球はひさびさだったらしく、時折りスイングの確認をしたり、笑顔を見せたりしている。予定していた一時間半はあっという間に過ぎた。

次の週、その次の週も卓球部は活動した。講義の都合で欠席もあったが毎回誰かしらが顔を出し、自由に打ち合って解散した。休止していた部が動き出しただけでも上出来だったが、文生は不満だった。

――なんか、ゆるいな……。

文生が卓球に求めていたのはリフレッシュではなくトレーニングだった。三年のブランクを一日でも早く取り返して、上手くなりたい。学生の大会に出たい。そのためにもそろそろちゃんとした練習メニューを設定して意義のある活動にしたい。

「気持ちはわかるけど……。そういう部活にすんのは大変だよ?」

ある日の練習終わり、文生が自分のビジョンを披露すると、一人の部員が諭すように言った。宮城県出身で中学高校と卓球を続け、文生よりも学生卓球を知る彼の一言は重かった。

「うちの学科はレポート多いから、これ以上練習増やすのはきついよ~」
「バイトもあるしな」
「マジな部活はもういいかな、僕は。高校まででお腹いっぱい」
「今の調子で楽しくやっていこうよ。じゃないと続かないよ?」

口々に同意を表明する部員たちの声を受け、宮城出身の彼がこう結論づけた。

「田崎君がやりたいような部活は、多分、もっと歴史がある大学じゃないとできないんじゃないかな」

――この大学には、卓球でも期待できないのか。

自分の無力さを棚に上げ、文生は県大を呪った。創立二年目の県大に、歴史がないのは確かだった。それを覆して同志を集めるほどの行動力もなければキャプテンシーも文生にはなかった。なにしろ、中学でしか卓球をやっていない文生が四人の中で一番下手なのである。どれだけ熱のこもった言葉を吐いても説得力がないのは当然で、彼らが呆れるのも無理はなかった。

「そういうもんかあ……」

孤立無援となった文生は、苦々しく笑うほかなかった。

卓球場をあとにすると、文生は自宅ではなく貫介のアパートに向かった。愚痴を聞いてくれる県大生と言えば、彼しかいない。この大学への失望を、とにかく誰かに聞いてほしかった。

道すがら、文生の口からは何度もため息が漏れた。五月末の滝沢村の夜は、夏草の匂いが漂い始めていた。

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