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「反省」は意味がないのでは、と気がつき始めた



「〇〇すべき」という反省をよくしてしまう

私は毎週末に、一週間の振り返りをすることを習慣にしています。その中でよくしてしまうのが「○○しなければいけない」とか「○○する必要がある」という反省的なまとめです。

大体が、セールスがうまくできないとか、メンバーとのコミュニケーションがうまくできないとか、「できていない」ポイントに対し、「〇〇すべき!」という反省を当ててしまっています。

自己評価を下げるだけの反省は意味がない

実はよく考えると、「○○しなければいけない」とは「〇〇ができない自分はけしからん!」という自分へのお叱りです。

本当にできるようになりたいなら、「どうやったらできるのか」に焦点を当てたほうがいいのに、なぜか「自分ができない」という事実だけに焦点を当てて、自分を怒ってしまって終わりです。

この思考だと、自己評価を下げてしまう一方だし、「〇〇ができる」という方向には進みません。つまり、まったく生産的ではありません。

また、「〇〇しなければいけない」と言っているくせに、心の底では「別に○○がしたいわけではない」「いや、むしろしたくない」ということもあるのです。

本当はやりたくないのに「〇〇できないといけない!」と自分で自分を罰していたら、それはできるようにならないですよね・・・。まったくもって非合理です。

自分は本当は何がしたいの?

本当は、自分がどうなりたいか、どうしたいかを考え、その実現のために心を砕くほうがいいよなあ、とそんな当たり前のことを考えます。
自分がやりたいことを実現させるほうが、「できる」ほうに向かっていくし、何よりポジティブです。

ただ「~すべき思考」が強いと、そういう当たり前の思考がなかなかできないのです。

  • 自分が何を望んでいるのかわからない

  • 自分の望みを実現することを自分自身に許可しない

という2つのハードルが邪魔をしてきます。これが自分の人生を本当に邪魔していると思います。

自分の望みを知るためのセルフインタビュー

ちょうど、今年の大型連休で、私は「自分の思考や行動の特性」を知るために、セルフインタビューということを行いました。

昨晩のセルフインタビューから見えてきた自身の偏愛/衝動について考えていく。
自分は「断片的な情報から、全体を組み上げること」が好きなんじゃないかと言語化してみる。

ヤトミックカフェ|どうにもならない日記(14)

参考にしたのは、「人生のレールを外れる衝動のみつけかた」という書籍です。

https://yatomiccafe.com/

「セルフインタビュー」とは、文字通り自分自身にインタビューすることですが、なぜセルフインタビューをするかというと、自分のことは自分ではよくわからないからです。
自分にも言葉にできない衝動や偏愛を、あの手この手で見つけ出そう、というのがこの本の主題です。

自己認識を深めるインタビューする際に大切なのは、「大事な人に対するように、敬意をもってインタビューする」、しかも「変に『ヨイショ』しておだてたりするのではなく、まっとうに1人の人間として丁重に接する」こと。自己陶酔につながりかねない安易な賛美の姿勢ではなく、「いろんな質問をたくさんして、じっくりゆっくり聞いてあげる」姿勢を持つのがポイントです。

人生のレールを外れる衝動のみつけかた

自分を叱りつけていじめるのではなく、丁寧に扱いながら「自分の望み」、いや、もっともっと手前の、素朴に何がやりたいか、を見つけ出していくこと。

頭ではわかりつつも、自分にはなかなか難しそうですが、こういうことに少しずつ気がついてこれたのも前進だと思います。少しずつ、やっていこうと思います。


このnoteは、私の個人ブログ「ヤトミックカフェ」の姉妹ブログです。私が生活しながら気づいたこと、思ったことを書き留めていきます。

カバーイメージ:UnsplashCaroline Veronezが撮影した写真

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