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<第2章:その10>「もう一度妻に会いたいんです」(中)

「上」のあらすじ>
自宅の庭に亡くなった妻の骨を撒きたい、という田中さん(仮名)が来店した。自身は肺ガンで余命宣告を受けている。相談を受け、法律で埋葬できないことを説明した。付き添いの息子さんにも反対され、口論に。それでも田中さんは譲らない。墓地に自宅の庭をイメージしたお墓をつくりたいが、日当たりが悪いなどそれができそうもないので、という。とりあえず、自宅の庭を見に行くことになった。

 翌日、私は車を走らせ隣町にある田中さんの家に向いました。墓地の場所を聞いたので、途中で立ち寄ることにしました。
 昔からある地域の墓地らしく、周囲は木が生い茂り、確かに日当たりは最悪でした。水道の蛇口をひねっても、水は出てこない。周囲を見渡してみると、墓石の数は100あるかないかほどの大きさでした。ほとんどが、和型墓石といわれる3段のお墓で、一番上に縦に長い石がのっているお墓でした。
 田中さんの敷地の両隣には、普通の墓石が立っていました。とくに向かって左側の墓石は、周囲の墓石と比べても少し大きめ。もし、田中さんがこの敷地に庭のようなお墓をつくったら、日本のお城の隣に英国風のガーデニングをつくるようなものでした。ひと通り墓地で情報を仕入れた私は、田中さんの家に向かったのです。

 田中さんの話では、40年ほど前につくられた住宅団地らしい。そんな中、田中さんの家は表札を見なくても一目でわかりました。明るいレンガ造りの塀の上から溢れだしたように木々が生い茂っていました。どう見ても、周辺の家と比べて異質でした。
 田中さんの家のリビングに入った瞬間、私の目の前に緑が飛び込んできました。リビング入り口の反対側の壁は、全面ガラス張りの窓になっていて、窓の向こうはまるで映画で見るようなイングリッシュガーデンになっていました。窓の外の庭は確かにすごい。しかし、リビングには小さなテーブルが一つだけ。その奥に、ちょっと豪華な座イスに座った田中さんがいました。
 「すまない。午前中に少し動いたので疲れてしまってね」
 しばらく庭を眺めた後、田中さんが口を開いた。
 「どうして庭に妻の骨を撒こうとしたのか。それを聞きに来たのだろう。この庭はね、私の家族そのものなのです。もともとこの家自体、10年ほど前に建て替えた。土地を買ったのは結婚した40年ほど前で、そのとき家を建てました。
 でも、その家に私はほとんどいなかった。海外勤務が多く、東南アジアやヨーロッパを転々としていたんだ。その間、妻は3人の子どもを一人で育てた。私は父親、そして夫らしいことを何一つしてやれなかった。
 その償いの意味もあり、定年したら家を建て替えようと考えていたんだ。いや、家というよりは、家族と過ごせる庭をつくりたかった。
 日本を離れて海外で暮らすとね、ある程度、地元の人たちと仲良くなるのです。彼らのほとんどが、広くて素敵な庭を持っていた。休日には家族そろって庭で過ごす。そんな庭をつくりました」
 「なるほど。で、家族と過ごしたお庭に、奥さんを眠らせてあげたかったという訳ですか」
 「いや、現実は違います。確かに私は定年間際、家の建て替えに着手しました。しかし、時を同じくして私は体を悪くしてしまった。以降、入退院を繰り返しています」
 「ということは、この庭で家族でそろって過ごされたというのは……」
 「ええ、本当にわずかな時間です。しかも、子どもたちは学校を出るとすぐに独立しました。今、この家には私と昨日一緒にいた三男だけです。あいつは30を超えてもまだ親の脛かじりです。大したこともできないのに大口ばかり叩く」
 息がだいぶ上がってきました。口では強気な発言を繰り返しているが、話しながら座イスの背もたれに首を持たせ掛けています。
 「話を元に戻しますが、今日ここに来る前に墓地に寄ってきました。墓地の広さや、周辺のお墓を考えると、この庭を連想するようなお墓をつくることはできません」
 「やっぱり無理ですか」
 「墓地を実際に見て、お墓も拝見させていただき、無理だと実感しました。お墓はあくまでもお墓。厳しい言い方かもしれませんが、この庭はお墓にはなりませんよ」
 疲れも相当あるのだろう。田中さんは黙ってしまいました。
 「……やっぱりお骨を撒いたらダメですか」
 「ダメですよ。昨日さんざん言ったじゃないですか」
 「いや、今から撒いてしまって、私と石屋さんだけの秘密ということで」
 「もっとダメですよ。そもそも、どうしてそんなに庭にご遺骨を撒こうとするのですか。大切な奥さんなら、きちんとお墓をつくってあげましょうよ」
 沈黙の後、空のコーヒーカップを持ち上げ、ゆっくりと口をつけました。コーヒーカップを手に持ちながら、再び話し出しました。
 「もう一度妻に会いたいんです。私はね、本当に仕事人間で家庭を顧みませんでした。子どもたちを見ればわかるでしょう。妻には本当に苦労させてしまった。
 だからその償いに、どうしても家族の団らんをさせてあげたかったんです。この庭は、妻への贈り物なんです。庭に骨を撒けばまた会える気がするんです。お墓をつくって骨を入れても、妻には会える気がしません」
 庭をゆっくりと見まわし、庭の右奥の角地を指差して言ったのです。
 「あそこに、妻がいます。だから体を返してあげたい」
 その日は話を聞いて、そのまま帰ることにし、私は車に乗り込みました。走り始めて2、3分したら急に眠気が襲ってきたのです。滞在時間は1時間ほど。でも、1日のエネルギーをすべて吸い取られたような気がしました。
 その後、数回の打ち合わせを行い、墓石の形や石の種類など、プランも滞りなく決まっていきました。
 ただ一つ気がかりなことがあったのです。
 私は、再三、息子さんたちにもお墓づくりの経過を伝えて、家族会議を開いてお墓について話し合ってくださいと伝えていました。
 しかし、頑なに断られ続けました。息子さんたちとお墓の話をすると、間違いなくけんかになるから嫌だということだったのです。
 打ち合わせを始めてから2週間ほどたったとき、田中さんは検査のため数日間入院することになりました。すでにお墓づくりのプランは決定していたので、病院から出てきたら正式に発注していただける予定だったのです。

「下」につづく


前回まで
はじめに
・序章
 母が伝えたかったこと
 母との別れ
 崩れていく家
 止むことのない弟への暴力
 「お母さんに会いたい!」
 自衛隊に入ろう
 父の店が倒産
 無償ではじめたお墓そうじ
 お墓は愛する故人そのもの
・第1章
 墓碑は命の有限を教えてくれる
 死ぬな、生きて帰ってこい
 どこでも戦える自分になれる
 お墓の前で心を浄化する
 祖父との対話で立ち直る
 お墓はいちばんのパワースポット
・第2章
 心の闇が埋まる
 妻から離婚届を突き付けられて
 妻の実家のお墓そうじをする
 ひきこもりの30歳男を預かって
 心からの「ありがとう」の力
 先祖と自分をつなぐ場所
 お墓を建てることは遺族の使命(前編)
 お墓を建てることは遺族の使命(後編)
 お墓のシミが教えてくれたこと
 壊されるお墓

矢田 敏起(やた・としき) 愛知県岡崎市生まれ。高校卒業後、自衛隊に入隊する。配属された特殊部隊第一空挺団で教育課程を首席で卒業後、お墓職人となるため、地元有力石材店で修業をする。1956年に創業された家業の石材店を継ぎ、「人生におけるすべての問題は、お墓で解決できる」ことを見出し、「お墓で人間教育」を提唱する。名古屋の放送局CBCラジオで、平日午前の番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』に2012年から出演を続けており、毎週火曜日に「お墓にかようび」というコーナーを持ち、お墓づくりや供養に関する話を発信している。建て売りで永代供養の付く不安の少ないお墓を提供する「はなえみ墓園」を2020年に始め、愛知県内30カ所(2024年12月現在)となっている。2022年にお寺の本堂を使った葬儀をサポートする「お寺でおみおくり」を始め、2023年にはお墓じまいなどで役目を終えた墓石の適正な処分や再利用を進める「愛知県石材リサイクルセンター」を稼働させた。

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