Abortion Bans

実は、軽い気持ちで読み始めたのが次の記事。

The New Yorkerの読者はどうい記事を2022年によく読んだのか気になったからだ。そして、1番読まれていた記事が次の記事でした。

中絶禁止の法案に関する内容。日本で流れている一般的なニュースで何となく知っていた事柄でしたが、この記事を読んで、医療従事者としての懸念より、今のアメリカが抱える宗教的、思想的、政治的な対立の深さを憂慮しました。そして、我々日本人にとってもただ事では無いと感じる内容だったので、私の思いを伝えましょう。

アメリカの中絶禁止問題をどうして不安に感じるのか説明していこう。

皆さんもウクライナ戦争により世界は混沌としている事を肌身に感じていることでしょう。そこに拍車をかけるように、中国の軍拡による台湾への圧力、そして北朝鮮のミサイルを使った威嚇など、近接する日本にとって、ただ事でない状況になっていますが危機感を持っている人がどのくらいいるのか? ほとんどの人が気にしていないかもしれない。というのも後ろ盾になっている米国が、中国や北朝鮮に対して抑止的に働いているからであり、我々は、のほほーんと生活できるのも米国のおかげだと思っている。

しかし、今回の中絶禁止の法案を巡る米国の混乱を垣間見ると、有事が発生した時に米国は日本に手を差し伸べない気がする。ウクライナ戦争を見れば分かるように彼らは軍隊による直接介入はしていない。明らかに今までの紛争への介入が異なっている(まあ、相手がロシアじゃなかったけどね)。今後米国は他国で発生した紛争へ直接介入しないような気がする。その理由は、米国内で過去に例を見ない宗教的、思想的そして政治的な極度の分断があるからだと考える。それを感じたのが、今回の記事だった。

まず、この記事に関して考える前に、日本の状況を説明しよう。私は産婦人科医ではないので、細かな内容は知らないのですが、母体保護法によって人工妊娠中絶は、妊娠22週未満、21週6日までになっている。この理由は、22週以降になれば医学的に胎児は母体外で生きられるからだ。また人工妊娠中絶法も妊娠の時期によって異なる。妊娠12週未満は掻爬術だが、12週を超えると手術になる。しかし、この取り決めが、国内で大きな争点にはなっていない。少なからず問題を提起しているところもあるけど、米国と事情が異なる。

この問題提起は、米国と真逆の問題だ。中絶するのに「配偶者の同意が必要」など言語道断というスタンスで、あくまで母親の選択権重視の姿勢で、米国の問題と真逆で深刻さは比にならない。

まず、米国で何が起こったのか簡単に説明しよう。私も米国の法律に詳しくないので、間違っていたら指摘して欲しい。

昨年まで、人工妊娠中絶は、「Roe v. Wade」(はっきり言って、内容はよく知らないけど、50年前に米国の連邦最高裁判所が出した判例で、女性に中絶を選択する権利が与えられた)により守られていたが、この判例が同じ連邦最高裁判所によって今年覆されたので大ニュースとして流れた。

ちょっと米国の状況を見てみよう。「Roe v. Wade」の判例が覆されるまで、人工妊娠中絶は妊娠25週まで合法だった。その理由は、日本と同様で胎児が母体外で生存できる期限を考慮されたもので、それまでは母親に選択権があるという考えだ。医学的に胎児が母体外で生存できる「22週から25週」を過ぎれば、胎児に生きるための権利「personhood」が生まれるという考えであり、まあ、日本人でも理解できるし、日本より寛容(日本は22週未満)であったとも言える。

昨年、ミシシッピー州法は、「いや、15週以降になれば、胎児として人格が生まれるので、人工妊娠中絶は犯罪だ」という州法の妥当性を、連邦最高裁判所にあげ審議されていた。そして、今年になって従来の「Roe v. Wade」が覆された。人工中絶の是非は、それぞれの州で決めなさいという判決になったので、今の米国が大混乱に陥っている。

こう言われても、どうして大問題になっているのか理解できなかったが、それは、日本と米国の人工妊娠中絶の方法に違いがあることにも起因していたからだ。日本の場合、人工妊娠中絶方法は週齢によって異なり、妊娠12週までは搔爬術、それ以降は手術というふうに取り決められている。また、母体への影響の少ない12週までが勧められていて、妊娠が発覚する妊娠5週から12週まで猶予がある状態だ。一方、米国では日本で許されていない処方薬による中絶方法が主なので、日本より簡便で医療機関に行く必要もない。それでも妊娠初期の11週以前の服用が勧められていて、それ以降になると合併症のリスクが高まるからだ。処方薬を服用するのは簡便なので、11週以降に服用する妊婦も多いのだろう。そして合併症が多いという状況が米国で問題になってりうのではないかと思った。

ミシシッピー州法が定めた法律でも妊娠15週未満であれば、中絶しても構わないはずだ (Mississippi law that bans abortion after fifteen weeks, with some health-related exceptions but none for rape or incest.)。なのに、国民感情は、女性の中絶権利が失われた酷い時代への逆行と感情的な反応になっていて、最初読んだ時は不思議に思え理解できなかったし、次の文章の含蓄を理解できなかった (abortion rights are not the only right disappearing.)。また、15週というのは、中絶薬による中絶を安全に使用できる時期と考えれば、15週を過ぎて中絶薬を使うと合併症の危険性は高まる。ミシシッピー州法の内容も医学的もしくは公衆衛生上妥当な判断だと感じました。あまりにも多くの人が15週以降に中絶薬を服用するのが問題なような気もした。

しかし、問題は、そんな医学的な見地ではない。相容れない宗教的、民族的もしくは政治的な対立に起因していることが、記事を読むと見えてきて、今の米国の不安定さが如実に表に出てきている。

ミシシッピー州法で定められた人工妊娠中絶は15週までで、それを超えるとレイプでも近親相姦で妊娠していても中絶すれば犯罪になり犯罪者になるという。しかし、15週以内に中絶していれば問題無いのではないかと、素人ながら感じた。特に望まない妊娠なら15週以内に中絶してしまうような気がするのに、どうして放置してしまうのだろう? 15週を過ぎても妊娠かどうか分からない女性が多すぎるのも問題ではないかと思った。これは米国の教育システムの問題が絡んでいるのかもしれない。貧困者は教育も受けられず、妊娠による身体の変化を知らない人が多いような気がした。そして正規の中絶治療も受けることができない経済的な問題やインフラも絡んでいると思われた。

しかし、こういう社会的要因に問題があるだけでは無い。更に大きな問題が、この中絶禁止法に存在する。なぜか、望まない妊娠をするような女性に対して過激に反応する人々が存在することだ。それも国民の過半数に近い数存在するところが大問題だと感じた。なんせ、どんな理由(レイプだろうが近親相姦だろうと)でも人工妊娠中絶すべきで無い(pro-life派)と考えている人が国民の43%も存在する。

そして、人工妊娠中絶を否定する人pro-life派は、妊娠15週を過ぎて自然流産しても犯罪者扱いする可能性がある。まさに、ここに大きな問題がある。妊娠15週を過ぎて中絶すると殺人罪で告発… なんと極端な法律か。

中絶薬を使って人工妊娠中絶をしたのか、自然流産になったのか医学的に区別することが困難な状況のため、人工妊娠中絶を反対する州は、それを区別するため、とんでも法律を州法で定め始めているのが今の米国だ。

ここでミシシッピー州に住む、3人の子どもの母親である黒人女性、Latice Fisher氏のケースを紹介している。彼女は警察署で無線オペレーターの仕事を時給11ドルでしていたが、妊娠36週目に家で死産を経験した。彼女は尋問された時に、経済的に新たに子どもを育てることができないから欲しくなかったことを認め、更に彼女の携帯電話が引き渡されて、検索ワードから、中絶薬である、ミフェプリストンとミソプロストールが見つかった。

Latice Fisher氏が中絶薬を摂取した証拠は無かった。米国での死産は妊婦160名あたり1人の割合で発生しているのに、彼女は第2級殺人罪で告発され、10万ドルの保釈金をかけられ拘束された。彼女は長い裁判の末に解放されたが、苦しい状況は3年以上続いたという。

中絶薬を使った人工妊娠中絶と自然流産は、米国で年間百万件以上発生していて、どちらのイベントか医学的に区別することができないので、中絶を禁止を擁護するpro-life派の州は、あらゆる方法を使って人工妊娠中絶を判断しようと躍起になっている。今や妊娠が分かると、友達よりも先に携帯電話が知る時代になっているため、インターネットを使って中絶に関する検索ワードを監視されるシステムや、人工中絶を試みようとした人を告発すると1万ドルの報奨金を得ることができる法律…  1793年に制定された「Fugitive Slave Act」と同様の法律が、現代の米国で再び制定されたというのは驚愕でしかない。

The New Yorkerは、今回の中絶禁止に反対の立場をとっているので、中絶禁止を擁護するpro-life派の過激な立場をかなり強い口調で非難しているのは分かる。次のようなテキサス州の3つの事例もありました。

なんと、テキサス州では、妊娠6週以降に人工妊娠中絶をすると殺人罪になる!それでも、テキサス州に住む彼女等は合法の妊娠6週前に行動を起こしている。しかし、人工妊娠中絶をする事はかなり難しいことで、この記事を読むと、背筋が冷たくなりました。各州が余りにも過激な人工妊娠中絶反対の法律を次々と制定していくので、中絶を望まない普通の妊婦まで危険に曝される事態に陥っている。自然流産した妊婦の治療を断る医療機関が増えているという。人工妊娠中絶を幇助したと思われれば(証拠が無くても)告発され、長い年月の裁判が待っているからだ。

アルコール、コーヒー、ビタミンA、デリの七面鳥、殺菌されていないチーズ、熱いお風呂、激しい運動、処方箋無しの薬、何年も処方されている薬でさえも、妊婦は避けるように言われている。自然流産してしまうと、殺人罪で告発される可能性があるからだ。妊婦になることが犯罪者のような扱いだ。

中絶薬を使った安易な人工妊娠中絶ができるため、中絶薬を使った安全な妊娠11週より以降に中絶をしてしまうケースが余りにも多いのが問題かもしれないが、それを取り締まる過激な法案を国民の43%が支持するのが今の米国である。

過激に異論を唱え合う、拮抗した対立構造を持つ国がこれからの自国の方針を決めていけるのか? そんな国が、日本が窮地に陥った時に救いの手を差し伸べてくれるのか? 岸田首相が防衛費のために税金を急遽上げたのは、そんな米国から突き放されたのかもしれないね。



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