品川暁子評 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計』(夏来健次 訳、国書刊行会)ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1
かつて一世風靡した美人女優を襲ったのは誰か?――犯人が判明したあと衝撃の真相が明るみに
品川暁子
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション <br>止まった時計
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ 著、夏来健次 訳
国書刊行会
■ワシントンDCの閑静な住宅街、女性は自宅で何者かに襲われ、重傷を負っていた。犯人が殺し損ねたことに気づいて戻ってくることを恐れ、電話で助けを求めようとするが、もうほとんど力が残っておらず、意識も朦朧としている。現在はニーナ・スロークと名乗っているこの女性は、かつて絶世の美女としてすべての観客の心を鷲掴みにした映画女優ニーナ・ワンドレイだった。十七歳のときに映画監督キング・グローアの目に留まり、銀幕デビューを果たすと、一躍ハリウッドのスターダムを駆け上がった。その後も立て続けにグローアが監督する作品で主演を務め、グローア自身もアカデミー賞監督賞を受賞したが、『止まった時計』でニーナが悲劇的な結末を迎える放埓な女を演じたことでファンは失望し、上映を取りやめる劇場も出てきた。こうして『止まった時計』はニーナの最後の出演作となり、グローアもまた資金繰りに行き詰まって、監督としてのキャリアを終えた。
その後、ニーナは四人の男性と結婚と離婚を繰り返した。最初は映画の相手役だった俳優トビー・バリー。その後、裕福な実業家クリフォード・ウェイド三世と結婚したが、のちにイタリアに移って、トスカーナ州の貴族マイク・ヴァリオグリ公爵の夫人となった。最後はジョージ・ヴァナーズ卿と結婚し、アジアの小国ボルナック藩王国の藩王妃となったが、第二次世界大戦中の日本軍の攻撃によりヴァナーズ卿は死亡し、ニーナも亡くなったと報道された。だが、ニーナは生きていた。自分の死亡記事を北京で目にしたが、訂正する機会を失ってしまった。
ニーナが再びアメリカに戻ってきたとき、すでに十五年以上の月日が経っていた。それから半年後に、脚本家志望のクロード・スロークと結婚する。クロードは、ニーナの過去に固執することもなく、ニーナが出演した映画も観たことがなかった。
ニーナとクロードが住む家は住宅造成地にあり、周囲はフェンスで囲まれ、警備員付きのエントランスがあって、プライバシーとセキュリティが守られている。隣人のロスコー・イーヴンステラー大佐は、ニーナの素性を知らないまま、女優のニーナ・ワンドレイに似ていると褒めそやす。それが原因でイーヴンステラー家では夫婦喧嘩になるが、大佐は本当にニーナ・ワンドレイかもしれないと思いはじめる。
すると翌日の新聞で、ニーナ・ワンドレイは生きていて、メリーランド州に在住しているという衝撃的なニュースが発表される。
新聞を読んでニーナが生きていたことを知った三人の元夫たちは、偶然にも同時にニーナの家に向かった。かつて名誉と栄光を手にした男たちは離婚後に落ちぶれており、ニーナに貢いだお金や宝石を返してもらい、あわよくばニーナの愛も取り戻したいと思っていた。
三人の男たちがニーナの家に着いたとき、クロードも在宅していたが、映画を観に行くと言って家を出てしまう。クロードは映画を見た後、行きつけのバーに行くが、そこでイーヴンステラー大佐と出会う。しばらく飲んで、男たちが帰ったかどうか確認しようと自宅に電話をするとニーナが出ない。イーヴンステラー大佐の妻に家の様子を見に行ってもらうと、家のなかは真っ暗で、なにやら様子がおかしい……。
『止まった時計』には二つの謎がある。一つは、ニーナを襲った犯人だ。エントランスには警備員がおり、敷地を訪れるすべての車両は記録されている。そのため、部外者がニーナを襲ったとは考えにくく、容疑者は三人の元夫や隣人などに絞られる。しかし、ときおり登場する映画監督グローアの存在が不気味だ。ニーナはグローアらしき人をたびたび見かけているし、クロードが映画館で会ったボドキンズと名乗る男も実はグローアだった。
もう一つの謎は女優ニーナ・ワンドレイという存在だろう。ニーナを襲った犯人は終盤で明らかになるが、驚くのはそのあとだ。〈探偵役〉となる人物が登場し、これまで語られなかったニーナの過去が明らかになる。本作は章立てがなく、過去と現在のエピソードがシームレスに入り交じる。そのため、全体像をつかむのは難しいが、それぞれのピースを当てはめれば、物語のパズルが完成すると思うだろう。だが、実はピースは足りていない。その最後のピースが〈探偵役〉の語りであり、それによってはじめてニーナという女優の軌跡をたどることができるのだ。
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ(一八九六―一九八四)は、アメリカの海軍航空隊を除隊後に、パルプ雑誌で数多くの作品を発表し続けた。最も有名な小説は一九四五年に出版された長編ミステリー『赤い右手』で、日本でも出版されているが、ほかの長編三作品は未訳だった。この度、《ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション》として刊行されることになり、『止まった時計』は第一回配本となる。今後、『赤い月の夜に』、『骰(さい)を振る女神』と順次刊行される予定で、ロジャーズの長編をすべて読むことができる。ファンにとって嬉しい企画だ。
(英語講師/ライター/オンライン英会話A&A ENGLISH経営)
「図書新聞」No.3661・ 2024年11月2日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。
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