竹松早智子評 エミリア・エリサベト・ラハティ『「弱いまま」で働く――やさしさから始める小さなリーダーシップ論』(古賀祥子訳、KADOKAWA)
「やさしさの力」によって導かれる世界
ストレスはたまる一方で、大半の人たちにとって世の中は生きづらいまま――この悪循環から抜け出すことはできるのだろうか
竹松早智子
「弱いまま」で働く――やさしさから始める小さなリーダーシップ論
エミリア・エリサベト・ラハティ 著、古賀祥子 訳
KADOKAWA
■社会で生きていくためには強くあらねばならない。そう考えている人は多いだろう。この場合の強さには、「厳しさ」を伴うことがほとんどだ。食事や睡眠の時間を削って休みなく働き、ミスなく完璧に仕事をこなす。ときには理不尽な要求にも耐え、他者も自分自身も限界まで追い込む。
働き方に対する意識は徐々に変化しているものの、こうした厳しさが真の強さだと称賛される場面は依然として多い。だが、その結果もたらされるのは、心身の不調や人間関係の悪化といったネガティブなものばかりだ。ストレスはたまる一方で、大半の人たちにとって世の中は生きづらいままである。
この悪循環から抜け出すことはできるのだろうか。本書がその解決策のひとつとして提案しているのが、「やさしさ」から生まれる強さを身につけることだ。
応用心理学研究者である著者のエミリア・エリサベト・ラハティは、もともとフィンランド特有の概念である「シス」を専門としてきた。シスは「逆境に直面したときに発揮される一種の並外れた精神力を指し、どんな障害があろうと決してあきらめないことを意味する。」日本語に同じ意味を表す言葉はないが、潜在能力のような、内に秘められた強さを指すと考えられる。このシスに思いやりが加わることで、やさしさの力は生まれるのだ。
「ジェントルパワー(やさしい力)」とは、「強さ」と「思いやり」という、一見相反する二つの要素がバランスよく存在している状態を指す。本書では、その「やさしい力」が社会生活で果たす役割について、文献だけでなく、科学技術やメンタルヘルス、合気道といったスポーツに至るまで、実に幅広い観点から検討されている。また、著者のラハティはシスに関するキャンペーン活動の一環でニュージーランドを縦断するウルトラマラソンに挑戦し、その旅のなかで思いもかけず「やさしい力」を獲得していく。著者の姿を追いかけながら、実際にその力を感じることもできるだろう。
利益を上げ、勝ち残ることが何よりも重要とされる競争社会では、やさしさは「本質的に弱」く「劣ったもの」と判断されてしまう。しかし著者は、「どこで押し、どこで引き下がるかを知っていること、そして相手に圧力をかけるのではなく、むしろ力を与えることで成功にいたること」こそが、本来のやさしさだと指摘する。「やさしい力」を発揮することで、冷静に状況を把握し、相手に寄り添った対応を取ることができるのだ。さらに、思いやりを持って接することで人の心には安心感が生まれ、脳はリラックス状態になり、「問題解決能力や記憶力が高まり、より健康になり、満足できる人間関係を築くことができ」るという。
やさしさから受ける恩恵は想像以上に大きい。それでも人は厳しい生き方を好んで選択してしまう。では、どうすればやさしく生きることができるのだろう。
著者のラハティはウルトラマラソンに挑戦したときの体験から、まずは自分を大切にすることを勧めている。休養や運動だけでなく、とくに重要なのは自分自身と静かに向き合う時間を持つことだ。
何日もひとりで走り続けてきたことで、ラハティは十分に自己と向き合うことができた。その際に彼女は過去を見つめ直し、未来を見据え、「今、ここ」にいる自分は何を求めているのかを常に問い続けることで、柔軟な思考を持つようになる。
それまでラハティは、体が悲鳴を上げても当初の計画を変更せず、足の痛みをこらえて前進することを選んできたが、やがて苦しい状態でマラソンを続けるよりも、いったん体を休め、無理にペースを上げず、心に余裕をもって旅を続けるほうが大切なのではないかと思い至る。その結果、ラハティ自身も彼女を支える人たちも、心から楽しんでマラソンを完走することができたのだ。やさしさによって導かれる世界には、つらく苦しい道を乗り越えた先では得ることのできない豊かさがあるはずだ。
きっと人生も同じだろう。ペースを落としてもいいし、立ち止まってもいい。不完全なままでもいいし、苦しみに耐え続ける必要もない。上手くいかなければ、やり直してもいい。「弱さ」とみなされてきた「やさしさ」には、しなやかな強さがある。「やさしさの力」を身につけた一人ひとりが世の中を少しずつ導いていくことで思いやりは広がり、寛容な社会は築かれる。本書では、その手助けとなる方法が紹介されている。
(翻訳者/ライター)
「図書新聞」No.3664・ 2024年11月23日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。