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岩本明評 C・J・レイ『ロンドンの姉妹、思い出のパリへ行く』(髙山祥子訳、東京創元社)
ドラマ×歴史小説×ロマンス=お楽しみ(エクサイトメンツ)!――いずれ劣らぬ曲者揃いのキャラクターが登場
岩本明
ロンドンの姉妹、思い出のパリへ行く
C・J・レイ 著、髙山祥子 訳
東京創元社
■著者のC・J・レイはクリッシー・マンビーの別名義で、訳者あとがきによると心暖まる恋愛小説や女性小説のシリーズを手掛けるベストセラー作家だという。本書の原題は『The Excitements(お楽しみ)』。これこそ主人公である九十代の二人姉妹が求めてやまないものだ。
九十九歳の姉ジョゼフィーンと九十七歳の妹ペニーは、第二次大戦の退役者。奔放な言動や驚くような行動で周囲を煙に巻き、年齢にそぐわない濃いカクテルを好み、モールス信号で会話もできるうえ、格闘術まで身に着けている。求めるものは「エクサイトメンツ(お楽しみ)」、合言葉は「トゥージュール・ゲ(いつも機嫌よく)」。そんな二人に戦時中のフランスへの貢献に対して勲章が授与されることになり、姉妹は甥の息子であるアーチーと共にパリへと旅立つ……こうしてあらすじを書き出すと、可愛らしい高齢女性が痛快な活躍を見せる、一種のファンタジー的な冒険譚にと思えるかもしれない。しかし、本書の読了後に残る印象は、そのようなイメージは大きく異なり、ずっしりと重厚なものだ。まるでペニーとジョゼフィーンそれぞれの人生が、アーチーの目から見えるものとはまったく違っていたように。
物語の舞台の一つであるパリは、姉妹の思い出の地だ。二人は十代の頃、ドイツ占領直前に、パリの親戚の家で数週間の休暇を過ごし、人生を左右するような出来事を経験する。その結果、二人はそれぞれに重大な秘密を抱え、互いに対してさえもそれを隠しながら生きることになる。やがて軍属となった姉妹の生活は常に戦争と隣り合わせで、レジスタンスや空襲、特殊部隊の訓練などが詳細に描かれる。特にペニーの辿る道筋は、第二次大戦中のイギリスとフランスを描いた歴史小説といった趣だ。姉妹の辿った人生が時に複数の視点から語られ、徐々にパズルのピースが組み合わさるように、過去の空白が埋まっていく。
ストーリーテリングや構成の巧みさもさることながら、本書で特筆すべき点はやはりキャラクターであろう。実にたくさんの人物が登場するが、その全員が、欠点を抱えながらも個性的で愛すべき人々として描かれている。本書の主人公(というのが適当でなければ、最も多くのページ数が割かれている人物)は、妹のペニーだ。行動的で自信に満ち、慈善の心を持つペニーは、「強い女性」のアイコンとして、数々の苦難を乗り越えながら物語の牽引役を務めている。一方で姉のジョゼフィーンは理知的でおとなしく、しかし固い信念の持ち主。あまり心の内を見せなかった彼女が過去の因縁と向き合う最終場面では、まさに本書がジョゼフィーンの物語であったということが明らかになる。姉妹はいわゆるスーパーウーマンではない。できないこともあるし、勘違いや失敗もする。老いにだって逆らえない。それでも二人の魅力が損なわれることはない。
そして三人目の主人公ともいえるのがアーチー。姉妹の甥の息子は、性的マイノリティである自分を幼いころから愛して尊重してくれる二人を心から慕う。現代っ子らしいアーチーの姉妹に対する愛情が、本書のテーマの持つ潜在的な暗いトーンを和らげている。
さらに、やはり女性退役者のダヴィナ・マッケンジー(なんと、百一歳!)とシスター・ユージニア・ランバート(こちらは九十八歳)も登場する。姉妹と同じくパリの叙勲式に出席した二人だが、高慢なダヴィナはジョゼフィーンの長年のライバルであり、目の上のたんこぶ。一方でシスター・ユージニアも、姉妹におかしなあだ名をつけられてひそかにモールス信号で笑いものにされており、表向きは決していい関係ではない。だが、叙勲式の後に姉妹が騒動に巻き込まれ、危険にさらされていると知るや、二人は一も二もなく現場に駆け付け、事態を解決しようと奔走する。いがみ合っていても互いを無視できない四人の関係性は、まさに〝シスターフッド〟といったところだ。それぞれの同僚、恋人、配偶者となるキャラクターもいずれ劣らぬ曲者揃い。彼らの人生がどのように交錯し、どのような結末を迎えるのか、ぜひ見届けていただきたい。
本書は五十二章とエピローグで構成されており、数章ごとに戦前、戦中、現代(二〇二二年。少々ながら、コロナ禍やロックダウンについての描写もある)のストーリーが少しずつ語られ、事実が断片的に積み重なっていく。このため、ストーリーを把握するのに、少し苦労するかもしれないが、それだけの価値は十分にある。丁寧に読み解いていくことで、大きな歴史の流れと、隠されていた真実が眼前に立ち上がる瞬間がたまらない。あなた自身の「お楽しみ(エクサイトメンツ)」として、ぜひ本書を手に取っていただきたい。
(編集者/翻訳者)
「図書新聞」No.3674・ 2025年2月8日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。