品川暁子評 P・G・ウッドハウス『スウープ!』(深町悟訳、国書刊行会)
イギリスに九か国が攻めてきた!――侵攻小説を揶揄したウッドハウスの幻の快作
品川暁子
スウープ!
P・G・ウッドハウス 著、深町悟 訳
国書刊行会
■十四歳の少年クラレンス・チャグウォーターは、ボーイスカウトの若き総長だ。つば広の中折れ帽、ネルシャツ、短パン、茶色のブーツというきちんとした身なりをしている。愛国心あふれる少年は、祖国イギリスの行く末を案じている。だが、家族が国防に無関心だ。父親はディアボロ(空中コマ)に夢中になり、兄はクリケットの記事を読みふけっている。家族の危機感のなさに絶望したクラレンスは家を飛び出すが、そこで目にしたのはドイツ軍がイギリスに上陸したことを伝える新聞だった。しかも、ドイツ軍はクラレンスの住む町エセックスにいるという。急いで家に戻り、ドイツ軍に侵攻されたことを家族に伝えていたところで二人のドイツ軍人が家にやってくる。ザクセン=ペニヒのオットー公子とポッペンハイム伯爵だ。すると父親は「今日は暖かいですね!」と天気の話をしてお茶を出し、生命保険や観劇のチケットを売りつけたため、ドイツ軍人は無一文になってしまった。
翌日になると、イギリスに侵攻したのはドイツだけはないことが判明した。なんと、ロシア、スイス、中国、トルコなど、さらに八つの国が同時に上陸していたのだ。さらに問題となったのが、イギリスに戦力がほとんどないことだった。正規軍はすでに廃止されており、祖国を守ることができる戦力はボーイスカウトのみだった。
イギリス各地から上陸した九つの国はロンドンを目指して行軍した。ドイツが最初に到着したが、オットー公子は砲撃すべきかどうか悩んでいた。だが、イギリスの社会主義者の議員から「ロンドンが破壊されれば失業者が働ける」という旨の電報を受け取ると、すぐに砲撃を開始した。だが、八月だったため、市街には誰もおらず、誰も死ななかった。そして、街に戻ってきた市民は、いたるところにあった銅像を壊してくれたことに感謝した。
その後の侵攻軍による会議で、オットー公子は巧みな交渉術でロシアと連合を組むことに成功した。そして主導権を握ったドイツとロシアは有色人種の四つの軍を撤退させた。
すべて思惑どおりにいったとオットー公子が喜んでいたころ、クラレンス・チャグウォーターはボーイスカウトの各隊を集結させていた。クラレンスは、イギリスを救うのは我々しかいないと訴えた。そして、ロシアとドイツが仲たがいし、互いに消耗するようなことがあれば、我々があとから奇襲をかけようと呼びかけた。
当時のイギリスには、いたるところにミュージック・ホールがあった。劇場エージェントは、ドイツのオットー公子とロシアのウォッカコフ大公に出演してもらうアイデアを思いついた。エージェントは個別に契約をとりつけたが、実はオットー公子にギャラを多く支払っていた。その事実が新聞で暴露されるとロシア側に伝わった。さらに、クラレンスが「オットー公子の舞台はアンコールが十一回もあった」とウォッカコフ大公の嫉妬心を煽ると、ロシア軍はオットー公子が出演している舞台に大挙し、痛烈なブーイングを浴びせて妨害した。こうして両軍は決裂し、ついに戦争がはじまった。だが、ロンドンは濃い霧に覆われていたため、記者たちは戦場にたどり着けず、どのような戦闘があったのか誰もわからなかった。最終的にロシア軍が負けたが、ドイツ軍も壊滅的な状態に陥ったため、クラレンスはオットー公子を連行し、侵略戦争を終結させた。
現実の世界では、二十世紀になってドイツとの関係が冷え込むと、イギリスでは戦争への機運が高まった。そして、イギリスが他国からの侵入を受ける近未来を描く「侵攻小説」が書かれた。『スウープ!』が発表された一九〇九年は侵攻小説が最も流行した時期で、雨後の筍のように次々と出版され、消費物のように読み捨てられていった。『スウープ!』はそうした風潮を揶揄した作品であり、ボーイスカウトの少年が巧みな戦略で侵略者たちを追い出し、祖国イギリスを救うというウィットとユーモアにあふれたストーリーとなっている。
ペラム・グレンヴィル・ウッドハウスは、天才執事が活躍する〈ジーブズ・シリーズ〉で有名なイギリスの国民的作家で、日本でも人気が高い。多作家で、一九〇二年から一九七四年までの間に九十冊以上の本、四十の戯曲、二百の短編小説などを書いているが、『スウープ!』はなかでも発行部数が少なく、幻の作品と言われていた。このたび、二十世紀転換期の侵攻小説を研究する深町悟氏によって本邦初訳となったが、巻末には数十ページにわたる詳しい訳注が付され、時代背景への理解を深めてくれている。
また本書には『スウープ!』の原案や、一九一五年にアメリカ向けに改変した『スウープ!』も収録されている。アメリカの雑誌で発表された『スウープ!』は、ストーリーは基本的に同じだが、ドイツと日本がアメリカに侵攻したことになっており、当時のイギリス人から見た日本人のイメージを知ることができて興味深い。
(英語講師/ライター/オンライン英会話A&A ENGLISH経営)
「図書新聞」No.3657・ 2024年9月28日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。