最高の教育とは世界理解を加速させるもの
最高の教育とは何かを考えてきたが、それは、世界理解を加速させるものであるといえるのではないか。
結局、この人間社会で突き抜けたいなら、世界理解について広く、或いは深く、或いはその両方が必要になる。
一人の最強先生が、徹底的に教え込むという教育は限界がある。
一人の人間という至極限られた世界に閉じてしまうから。世界はもっと広い。
ちなみに、今述べている「教育」とは、何か正解があるものを教え込む、のような意味合いではなく、人が良い方向に成長できるというような視点で、使っている概念である。便宜的にこれを教育といっている。
世界がどうなっているのかを知れること。本を読むことも大事だが、それが、言語ではなく、体験としてそれがわかることの方が世界理解は深い。
つまり、多様な現象に触れられること。
だから、多様なバックグラウンドの人間が集まっている「場」というのが最高の教育なのではないか。
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まあ、何を目的にするかによって、その評価は変わるだろう。上記で述べたのは、人が今までやったことのない斬新な創造をする能力を養うという意味合いの教育だ。
もっとピンポイントで、物理の専門的知識を増やすとかだと、もちろん違うサポートが必要になる。