中国人日本留学の現状と社会背景〜なぜ12万人も日本に留学するのか〜
日本には現在約12万人の中国人留学生がいるが、なぜこんなに多くの学生が中国から日本へやってくるのだろうか。もちろん、日本でしか学べない分野や日本が進んでいる領域はあるだろうが、これだけ多くの学生を魅了するのは何か。それは中国の社会や留学の背景を理解すると見えてくる。
日本留学の背景:中国におけるセンター試験「高考」の受験者数は1,071万人(日本の20倍)
中国におけるセンター試験(大学入学のために必要な試験)、いわゆる「高考」は中国を理解する上で欠かせない。(中国語だと「高考」は「ガオカオ」のような発音になる。ピンインはgao1kao3)
2020年7月に行われた「高考」の受験者数は1,071万人。2020年1月の日本のセンター試験の受験者数は55万人の20倍であり、その圧倒的な規模に当惑していまう。
次のような生まれたての赤ちゃんの写真もバズるほど、中国において「高考」は人生を左右する大イベントなのだ。(「高考まで残り6574日」)
熾烈な競争のため海外留学
中国には「国家重点大学」という政府が権威ある大学であると認定し、予算の優先配分などの支援を行っている大学が(北京大学、清華大学、復旦大学、上海交通大学など超有名を含め)88校あり、1,000万人がこの少ない座席争いのため熾烈な競争を繰り広げる。
中国では、かつての1300年にもわたり行われていた「科挙」の影響から、学力で人物を評価する制度が残っている。学歴による職業選択のチャンスや社会的地位、給与の格差は日本より遥かにシビア。
それゆえ、海外に何か特別に何かを学びにいくというより、「高考」を回避するために海外留学をして一定の学歴を手に入れようとする動きがある。
中国教育部によると、2018年の中国の海外への留学生数は66万に及び、こちらのデータでは日本にいる中国人留学生は2019年で12万人程度いるようだ。海外留学の内、ざっくり約20%が日本への留学ということになる。
中国の教育制度
中国の教育制度は、義務教育の小学校6年間と中学校3年間、高校3年間、大学4年間で日本と同じ。ただし、義務教育は学費無料で大学院は一般的に3年で、日本やアメリカの2年制よりも1年長い。
余談だが、オーストラリアやヨーロッパは1年でmasterが取れるところが多いが、ここに中国人留学生が多いのは国内の3年を1年に短縮できるという理由も大きいのだろうと思う。
中国における最終学歴の5パターン
中国における学歴は次の5パターンである。
1.中専
中学校→中等専業学校(工業高校)まで
日本の工業高校にあたる「中等専業学校」(中専)へ進学する場合、製造業・技術業・旅行業・看護学科などの専門分野を選び、3年間通うと「中専」の学位。
2.大専
中学校→中等専業学校(工業高校)→専科大学(専門学校)
3.学士
「学士」の場合は次の2ルートがある。
・中学校→中等専業学校(工業高校)→本科大学
・中学校→高校→本科大学
一般的には大学進学を見据えた一般「高校」へ進学する前者のルートが普通だが、「中専」から一部の専門分野の教育を提供している大学へ進学することも可能。その場合の学歴は、「中専」から「学士」の学位を取ることができる。
大学に入るには「高考」を受験し、大学入学するわけだが、ここで海外の大学へ留学する学生が増えている。
4.修士
中学校→高校→本科大学→大学院
中国では、最近大学院への進学が多い。また、本科で希望の大学に進学できなかった学生がリベンジ的に名門大学院に進学するケースもよくある。また、本科大学を卒業してから海外の大学院へ留学のパターンは昔から多い。最近は学士から海外留学も多い。
※本科から大学院までに仕事をしたり間があく学生もいる
5.博士
中学校→高校→本科大学→大学院
※本科から大学院までに仕事をしたり間があく学生もいる
一般的に、中国でいい職を得たければ「学士」以上、しかも名門大学での学位が必要とされる。大学院進学もかなり一般的になっている。もちろん、このようなお墨付きは絶対的なものではなく、実力さえあれば様々な方面で活躍できる社会でもある。
中国人が日本に留学に来る理由
日本に留学している中国人にその留学目的を問う調査結果などは手元にないが、オンライン日本語大手の「日本村」のレポートから考えてみる。おそらく日本留学を目指す中高生、大学生、社会人など広く含まれているはずだ。(このオンライン学校は、私が上海で働いた日本語学校の授業形式をそのままオンラインにしたイメージのサービスで、客層はざっくり推測できる)
このレポートによると(そのオンライン日本語の学習者の)日本語学習の目的は趣味28%、アニメ好き25%、仕事19%、留学8.5%、旅行7%、日本語専攻5.5%、スキルアップ5.1%、高考日本語0.78%となっている。
私の肌感覚ではこの統計は中国で日本語を学ぶ人や日本に留学に来る中国人の全体像を掴んでいると思う。
私は日本の大学(2005−2009)、大学院(2016−2018)で学んでいたが、中国人留学生が周りにとても多かった。何百人もの中国人留学生と交流してきた。
ざっくりした印象だが、
中国人留学生が何かしら特定の「やりたい」ことがあり日本に留学しにきたケースは2割くらい。残りは「高考」回避あるいは大学院で箔付け、アニメやドラマから漠然と日本にいい印象があり、日本ちょっと面白そう、といったざっくりした理由が多いイメージ。
また、大学院留学で日本に来る人には仕方なく日本語を大学の学部で選んだ人が少なくない。
どういうことかというと、「高考」のシステムでは自分が獲得した点数に応じて学校を選ぶことができるが、その際、その点数でいける一番いい大学で選べる学部が日本語学部だけ、という状況。
このような経緯は別に悪いことではないが、大して日本の文化に興味があるわけでもなく、なんとなく、日本に来る学生を量産する仕組みとなっている。
中国人留学生はいつ日本留学を考え始めるのか?
中国人留学生が人生のどの段階で日本留学を検討するのか、それを理解すると彼らの留学動機が理解できる。
1.小学生のとき(7〜12歳)
このときに既に日本留学に行くことを決めている人は少ないだろうが、親の影響で既に決めている場合や中高一貫の名門東北育才学院のように東大、京大、早慶へ多数輩出しているような名門校に進学する場合は、この頃から検討していることになる。
2.中学生のとき(13〜15歳)
この頃から、高校では「高考」一本で3年間ガリ勉するのか、欧米など英語圏留学を目指してTOEFL、IELTS等の英語対策するのか、日本なら日本留学試験(EJU)の準備をするのか、などの方向性を検討し出す。日本語の学習を開始しだす人もいる。私が上海の日本語学校で教えていたとき、中学生で既に日本留学を視野に入れている学生はけっこういた。子供自らが日本で学びたいという意思を持つこともあるだろうが、多くは家族から導かれる形が多そう。
3.高校生のとき(16〜18歳)
最初は漠然と「高考」受験で中国国内での進学を考えていたが、途中で日本留学へ方針を変更するパターン。私が上海の日本語学校で教えていたとき、高校生で日本留学を視野に入れて学びに来ている学生は多かった。
4.大学受験で志望校に入れなかったとき(18〜19歳)
「高考」で希望する大学へ進学できなかった場合、妥協して国内進学するなら日本の大学へ留学してリベンジをするパターン。私が上海の日本語学校で教えていたとき、このパターンも一定数いた。
普通に考えればかなり心理的に不安定になりそうだが、失敗をすぐ忘れ意気揚々と日本語学習に励むM君のガッツは印象的だった。
5. 大学在学中に
本科在学中に大学院留学を検討するパターン。私が上海の日本語学校で教えていたとき、このパターンの学生が結構多かった。そこそこ有名な大学の学生でも大学1,2年から既に日本語学校に来て大学院留学の準備をしていた。
中国人の日本留学5パターン
中国の学生が日本へ留学する場合には主に5つのパターンがあり、それぞれメリデメがある。
1.日本語学校 入学パターン(4年制大学)
日本留学の定番パターン。
来日して日本語学校→日本留学試験(EJU)→各大学受験→進学
◯メリット
日本語学習に十分な時間が取れる、日本の生活に慣れることが出来る、大学受験の対策ができる
△デメリット
日本語学校にかかる授業料と生活費の負担、一般の中国国内大学生より1〜2年遅れた入学になる
例えば、次のようなスケジュールだ。日本的感覚だと、二浪した学生と同年代ということになる。
2020年6月 中国の高校を卒業(大学卒業)
2020年10月 日本語学校に入学
2021年6月 日本語能力試験、日本留学試験(EJU)受験
2021年7〜12月 大学/大学院受験
2022年4月 大学/大学院入学
※似た形態として、留学生別科がある。一部の大学が設置した外国人留学生のための日本語学科で、志望大学の日本語学科へ進学をし、そこで日本語と日本留学試験(EJU)対策を行うもの。
2.日本語学校 入学パターン(大学院)
来日して日本語学校⇒日本留学試験(EJU)⇒各大学院受験→進学
スケジュール、メリデメは「1」と同じ。
3.直接受験パターン
中国の高校にいる時から既にEJU受験できるレベルの日本語力と学力を持っている学生ならば、日本語学校での準備留学2年間しなくても、日本にいる一般の高校生のように直接大学へ進学が可能。
中国の高校→日本留学試験(EJU)→大学受験→進学
◯メリット
一般の高校生とほぼ同じタイミングで大学入学が可能、日本語学校の授業料や生活費の負担なし
例えば、次のようなスケジュールだ。
2020年6月 日本語能力試験、日本留学試験(EJU)受験
2020年6月 中国の高校を卒業(大学卒業)
2020年7〜12月 大学/大学院受験
2021年4月 大学/大学院入学(2020年9月も可能)
※従来、中国の高校は6月卒業で日本の大学入学まで翌月の4月まで待たなければいけなかったが、最近では9月入学が可能な大学も増えたためスムーズに日本の大学に入学可能
△デメリット
中国にいる時から日本語学習が不可欠、日本滞在のビザの取得(留学試験(EJU)の受験や一般入試を受験するために、何度か来日する必要あり)
4.JPUE受験パターン
中国国内で日本大学連合学力試験(JPUE)→中国国内で日本語教育→大学入学
◯メリット
中国語・英語での受験が可能、日本の大学に入る前(留学前)に来日不要、
△デメリット
進学先の大学が限られている、JPUEの試験の開催地に行く必要がある(上海、香港、台湾、マレーシア)
例えば、次のようなスケジュールだ。
2020年6月 中国の高校を卒業
2020年11月 日本大学連合入学試験
2021年1月面接試験
2021年4月 大学入学
日本大学連合学力試験(JPUE)とは、2013年に開始された一般財団法人日中亜細亜教育医療文化交流機構による試験のこと。母国語(中国語)でも受験ができ日本の大学へ進学できる新しいルートである。まだ歴史が浅く、提携大学(帝京大学、武蔵野大学、千葉大学など)も少ないことから留学生向けの認知度はないが、入学前に日本に行く必要がなく且つ日本語の本格的な学習準備も不要というメリットは大きい。
私自身、実はこのプログラムで日本へ留学する中国人学生のサポートをしたことがある。中国国内で見ると、正当な高考を受けず、また通常の日本留学への進学方法とも異なるので、あまり勉強のできない学生かと思いきや、大学入学前に一定の日本語のコミュニケーション力を身につけられるほどハングリー精神があった。
5.スーパーグローバル大学で英語受験パターン
英語でコースが設置されているスーパーグローバル大学を受験→入学
※スーパーグローバル大学とは、日本国外の大学との連携などを通じて、徹底した国際化を進めて、世界レベルの教育研究を行う「グローバル大学」を重点支援するために2014年(平成26年)に文部科学省が創設した事業であり、支援対象となる大学。東大、京大、早慶など英語のみで就学可能
◯メリット
英語で受験が可能、主な試験であるTOEFL等は何度でも受験が可能、一般の高校生と同じタイミングで大学入学が可能に
△デメリット
競争が激しいため入るのが難しい
例えば、次のようなスケジュールだ。
2020年4月 TOEFL/GRE等受験
2020年5月 大学(大学院)受験
2020年6月 中国の高校(大学)を卒業
2020年9月 大学入学(大学院入学)
まとめ
以上、中国人の日本留学に関する背景や現状を整理した。中国人にとって「高考」とは、将来を左右する重要なものであり、さらに競争が激しいものであった。そのためその熾烈な競争を避けるべく、日本の文化に興味があったり具体的に日本で学ぶ目的があるわけでもなく、日本留学を選ぶ中国人が増えている。
留学する際には「時間コスト」「金銭コスト(日本語学校と生活費)」「日本の大学の名門度」などの観点で戦略的に考える必要があった。王道の日本語学校経由パターンでは、時間とお金がかなりかかってしまう上、国内の同級生より2年も遅れて大学に入学することになる。もちろん、その2年間で様々な体験ができるが、コストも考えると中々厳しい選択だ。そういう背景から、JPUEのような実際の留学まで中国国内で完結するような仕組みも生まれている。
中国人留学生はなぜ日本留学をするか?様々な理由はあるが、ざっくりいうと日本はアニメや漫画で漠然といいイメージがあり、そこに「高考」回避という現実的な理由が合わさって留学に至る、といった感じではないか。
もしそうだとすると、今後も継続して日本への中国人留学生が増えるための条件として、「高考」回避の選択として有効であることが重要だ。つまり、中国国内の無名大学に行くよりも日本の大学を卒業しているほうが良い仕事を得られること。もちろん、最終的には個人の能力、表現能力などに依るが仕事経験のない新卒就職については学歴は大きな要素であることは間違いない。
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