『九花』
○馬場さんの全歌集より第20歌集再読。
馬毛島の彼方竹島硫黄島浪打ち寄せてここ種子島
海と陸と激しく出会ひたりしあと岩洞は深く神を抱けり
金色の玉葱形の屋根の下聖母眼を伏せてしづけきロシア
知らない猫に時々あとをつけられるわれの影なるけものさびしく
○旅の秀歌多く選ぶのが難しい。ロシアの歌、童話のようで惹かれる。
戦場に雪降り出づるかなしみの深さの前のアフガンの山
○今はロシア、ウクライナのことばかりが気がかりだが、上の句のかなしみはどこに戦争が起きても感じるひとつの情景だ。
手動鉛筆削器はもう売つてゐずシャープペンシル買つてゐる昼
かじかんだ心の世界励ましてさびしい喇叭で豆腐屋が来る
椿のことは椿に習はん昼深き椿しづかに虫をやしなふ
○旅や時局問題を詠みつつ、これらの歌にはふっと下町のやさしさが見えてくる。
葦切は鳴き止みて遠きわすれものさびしいかなや詩のこころとは
今日かならず起る事件を待つやうに釣糸を垂れてじつと たそがれ
○一首目のような歌に対して、二首目では回収せずに時間をそのまま残す終わり方が魅力的だ。