『小鬼田平子』岡本智子第4歌集
○ヤママユ所属の歌人の歌集。
若き日の本のすべては売り払ひ入隊せしと父はつぶやく
戦地より持ちて帰りしカーキ色の父の毛布がわれの毛布に
親の死の知らせが届き乗るはずの戦闘機に父乗らざりしとふ
生きをれば父も百歳大正の九年生まれは戦死者多しと
○どの歌もいまの時代に重く響いてくる。
癌化してま白になりたる肺胞の胸はアトムのごとくは開かず
どう老いてゆけといふのか死に近き夫のある身に入院、手術と
○夫の病、介護、死、自身の病、お子さんの病など人生の辛苦が次々と詠まれるがどこか、からっとしていて強さを感じた。
彼岸此岸境の深きクレバスに歩いて渡れるほど狭き場所あり
いつ倒れてもをかしくはない黄昏のひとりの部屋はしづかにひろい
蔓薔薇の刺青ほどこさむ両腕の老人斑を飾らむとして
嘘をつく相手もをらぬ万愚節花冷えの部屋ひろすぎるなり
亡夫の部屋に明かりをつけて消しにゆき一人暮らしでなきふりをする
○夫を亡くし一人にもどった暮らしの中で歌はあらたな表現に向かっている。
初春の七草粥に入れて炊く小鬼田平子なるホトケノザ
○歌集タイトルの歌。春の雑草の名前。漢字で書くとちがう生き物のようにも感じられて面白い。
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