『あるはなく』千葉優作第1歌集

○初読の感想を記します。

春はもうぼくを忘れてしまふからとてもしづかな倒立だらう
○どこかねじれた感じの文体に説得されつつ読む。倒立から逆さまにこの世を見つめている眼を感じるが、すべてを打ち消すような行為とも読める。

チャリを押すおれと押されてゆくチャリの春は社交(ソシアル)ダンスの距離に
○単純に見立ての面白さを感じた。

くちびるをゆがめてひとはくるしさを冬の柱のごとく言ひたり
○上句には曲線のうねりがあり、下句には直線的な重力が押し寄せてくる。

ワイシャツを脱げばわたしがワイシャツのたましひだつたひとひが終はる
○あくまでもワイシャツの付属物としてわたしがいるのが独特で、それが下句においてたましいの儚さを連れてくる。

知り合ひがひとりもゐない空間で「おてもと」の箸だけがやさしい
○「おてもと」という箸袋に書かれた日本語が不思議に際立つ一首。

こんなにも小骨を肉にひそませて苦しいだらうニシンの一生(ひとよ)
○こんな風に思いながらひとはそれでもニシンを食べる。そこに二重の苦しみのようなものを受け取る。

くつたりと鍋の春菊やはらかく居場所はひとつあれば十分
○それぞれの「居場所」について考えさせられる。上句の心地よさ=居場所の大切さとも感じる。諦めと充足感の間に揺れているような一首ととる。

秋もまた秋に疲れて果てしなく紅葉を散らしつづける日々よ
○上の句のリフレインに甘やかさと辛さを感じる。

花瓶には花を、耳にはイヤホンを 私を塞ぐあらゆる春を
○「を」が運んでいく一首。結句でどこに返っていくのかわかりにくいが、明るく苦しい閉塞感のようなものを感じた。

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