
次は井波彫刻の始まりの場所へ
井波彫刻にふれて、その始まりとされる寺院へと
瑞泉寺。そこは井波の彫刻の発端の地となった場所。
1774年の瑞泉寺再建の際に、京都本願寺より、御用
彫刻師・前川三四郎が派遣され、このとき地元大工が
彫刻の技法を本格的に習ったのが井波彫刻の始まりと
されているという。彫刻総合会館を後にして瑞泉寺へ。
































際、京都から招いた御用彫刻師の前川三四郎の
作で、井波の彫刻師のお手本となるものという


山門の仙人を彫った彫刻師は当時17歳だったとも
井波の彫刻の歴史を知るほどに驚きも増していく
そこに想像を超える鍛錬の日々を感じる
今もその彫刻の技術と思いは受け継がれて
彫刻師から見える世界にも興味がわいて
瑞泉寺ナイトミュージアムの様子を動画にて
彫刻師による説明も興味深い
そして身近にもあった井波の彫刻。東本願寺に散り
ばめられた井波彫刻の技術の粋。東本願寺の御影堂門
は1911年に、そしてそこで高められた技術は1918年に
建てられた瑞泉寺の太子堂の彫刻へと受け継がれて。
瑞泉寺の再建に端を発した井波彫刻。井波の彫刻師は
技術を磨きつつ、後世へとつないでいった。その高度な
技術は井波から各地へも。井波の彫刻師は伊東忠太に
より、設計されたの築地本願寺の彫刻も手掛けている。
井波の町へ旅をした。そこでふれた井波の彫刻。振り
返れば、京都の東本願寺の御影堂の雲水龍は、井波の
彫刻師の岩倉理八の作でもあった。一本の木材から
生まれる彫刻。のみにより木は削られ、彫刻に命が
吹き込まれていく。彫刻師の思いはのみを通し木に
伝わり、生命力のある形へ。今回の旅でふれた木彫刻
の世界。この先の旅でもあらためて注目していこう。