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永井玲衣『水中の哲学者たち』(書評「竹村りゑのラジオ木曜日のブックマーカー」11月11日放送分)

※MRO北陸放送(石川県在局)では、毎週木曜日の夕方6:30〜6:45の15分間、書評ラジオ「竹村りゑの木曜日のブックマーカー」を放送しています。このシリーズでは、月毎に紹介する本の一覧と、放送されたレビューの一部を無料で聞くことが出来るSpotifyのリンクを記載しています。

※スマホの方は、右上のSpotifyのマークをタッチすると最後まで聴くことができます。

<収録を終えて>

お友達に「作者の方は、竹村さんと似ている気がします」と教えてもらったのがきっかけで、手に取った1冊です。
読んでみると、作者の永井さんはとても明晰で繊細で、私と似ているなんてとてもじゃないけれど言えないような素敵な方でした。
でも、所々で何だか安心するような、もし小学生の頃同じクラスだったら、一緒に石を蹴ったり影を踏んだりしながら家に帰っていたかもしれない、と空想したくなるような、懐かしい友人のような香りを感じたのも確かです。

◌◌◌

考えすぎだよ。
そこまで気にしていたら、どんどん自分が苦しくなっちゃうよ。

そんな言葉を、今まで周りの人から度々かけられてきました。

じゃあ、どうしたらいいんでしょうか。
別に聖人ぶっているわけじゃない、醜い感情でいっぱいになる時だってもちろんあるし、他の誰かより優しいわけでも清らかなわけでもありません。
嫌な奴だと、自分のことを思います。

でも一方で、他の誰かよりも幸せな自分のことを許せなくなるときがあります。
自分が一番弱く恵まれない存在でいたいと思ってしまいます。

いつもじゃないです!
いつもは図書館で騒ぐ人にイライラするし、無理やり割り込んでくる車には舌打ちもするし、嫌いな人には心の中で強めに殺意を抱きます。強めにです。

でも、時に、何の見返りもなく、人のために身を投げ出したくなる衝動に駆られることがあります。
というか、そうしないことに罪悪感を感じてしまうのです。 

たまに!
たまにですよ!!
いつもは邪悪ですよ!!!
いや邪悪とまでは言わないけれど!!!!

こんなことを考える私はおかしいのではないかと、ひっそりと、でも深刻に悩んできた長い時間に、いいんじゃないですか、私もですよ、と言ってくれたのが、この本でした。
ともすれば偽善的であると鼻白まれてしまうかもしれないから、誰にも言えなかった寂しさを、少しだけ癒してくれました。
これは初めての経験で、だからこの本を勧めてくれたお友達にとても感謝しています。

◌◌◌

収録の中でも触れましたが「コミュニケーションの拒絶」という言葉には、痛いところをぐさりと突かれた気がします。

あなたを傷つけたくない、だからあなたに関わりたくない。

確かに私はそういう思考回路を持っていて、それは自分は寂しくはあるのだけれど、相手を傷つけるよりはマシでしょう、という前提がありました。
でも、そんなのは優しさではないのです。
世界に存在するだけで、私達は細く弱く不安定な糸で、しかし確実に、互いにぎりぎりのところで繋がっているのだとしたら。
その世界に生きながら、人との関わりを否定することは「有り得ない」のでした。

それはコミュニケーションの拒絶です!
あなたは倫理的空間への介入を拒んでいます!

永井さんに指摘をした先生の声の鋭さは、読者である私のことも貫きます。

◌◌◌

2013年に公開された『言の葉の庭』という映画があります。
新海誠さんが監督を務められ、映像美や繊細なストーリーが今なお人気の映像作品です。
初めてこの作品を見た時、私は実は全く感動できませんでした。
むしろ、恐怖で少し青ざめさえしたことを覚えています。

『言の葉の庭』は、主人公である高校生タカオと、謎の女性ユキノの心の交流を主軸に描かれています。
雨の庭園で度々会う2人。
少しずつタカオはユキノに心惹かれていくのですが、ユキノは頑なに心を閉ざし、タカオに踏み込むことを許しません。

そんなユキノに対しての、タカオの言葉がこちらです。

あんたは…
あんたは一生 ずっとそうやって
大事な言葉は絶対に言わないで 自分は関係ないって顔して
ずっと一人で――
生きていくんだ
(映画『言の葉の庭』より)

劇中でも1、2を争う名言ですが、私の反応はこうでした。

こ、怖〜!
怖怖怖!!!! 高校生怖〜!!!!!
なぜユキノは自分の話をしなくてはいけないのですか?!
なぜそれを知ることを当然の権利のように求めてくるのですか?!
誰に話すかは、ユキノが自分で決めますので!
無理やり関わってこないでください! 怖いです!!

別にタカオのことが嫌いなわけではありません。
上の台詞を言う時、彼の目から涙が溢れていたことも覚えています。
でも、真っ直ぐに踏み込んでくるタカオの強さに、心底びびりまくったのも確かでした。

でも、あれから数年。
『水中の哲学者たち』を読んで、ふとこの映画のことを思い出し……
ああ、こういうことだったのかと、ようやく意味がわかりました。
ユキノに拒絶され、傷つきながらも関わろうとするタカオは、決して強い人ではありませんでした。
彼は、自ら他者と関わろうとする、無償の人だったのです。

え、何を今更なことを言っているんですか、と笑われてしまうかも知れませんね。
でも、私にとっては、ちょっとした隕石落下レベルの威力のある驚きと発見でした。

永井さんは『水中の哲学者たち』の中で、哲学における真理を感じた瞬間のことをこう表現しています。

へえそんなもの本当にあるんですか、まあ自分には関係ないです、みたいな物事が、突然ありありと感じられるすさまじさ。わかった! というよりも、見つけた! という感覚のほうが近いかも知れない。
(『水中の哲学者たち』より)

今、私もちょっとそんな感じなんです。
何か見つけちゃった感じなんです。

そっか、これが哲学、なんです?ね?

<了>

記載したSpotifyのリンクから聞くことが出来るのは、番組の一部を抜粋したものです。BGMや、番組を応援してくださっている「金沢ビーンズ明文堂書店」のベストセラーランキング、金沢ビーンズの書店員である表理恵さんの「今週のお勧め本」は入っていません。完全版はradiko で「木曜日のブックマーカー」と検索すると過去1週間以内の放送を聞くことが出来ます。

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