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山本文緒『自転しながら公転する』(書評ラジオ「竹村りゑの木曜日のブックマーカー」11月4日放送分)

※MRO北陸放送(石川県在局)では、毎週木曜日の夕方6:30〜6:45の15分間、書評ラジオ「竹村りゑの木曜日のブックマーカー」を放送しています。このシリーズでは、月毎に紹介する本の一覧と、放送されたレビューの一部を無料で聞くことが出来るSpotifyのリンクを記載しています。

※スマホの方は、右上のSpotifyのマークをタッチすると最後まで聴くことができます。

<収録を終えて>

どうしてこんなことができるの、という驚きがページをめくるごとに増していって、半ば呆然としたまま読み終わった1冊でした。
かと言って、ストーリー自体が華やかだったわけでも壮大な仕掛けが施されていたわけではありません。むしろ、ごくごく平凡な32歳の女性の物語です。上京したけれど仕事も恋も上手くいかなくなって、30を過ぎてから親の介護を理由に地元に戻り、契約社員としてショッピングモールで働く……まるで、友達の話を聞いているようです。
そう、友達の話かと思うくらいのリアリティ。山本文緒さんの描く主人公、都は「どこにでもいるような女性」ではなく「どこかにいるとしか思えないような女性」なのです。

放送の中でもお伝えしましたが、ここに私が執着するのは、この作品を書かれた時の山本さんの年齢が56歳(57歳?)であったことによるものです。なぜその年齢で、こんなにも私達(30代女性)の気持ちが、葛藤が、迷いが分かるの? と、ご本人に伺ってみたいと思いました。(その願いは叶えられないままとなってしまいましたが)

ベテランの作家たちが、恋に仕事に悩む20代〜30代の女性を主人公にした小説を書くことは珍しくないと言うか、むしろ書店に行けばそんな小説はいくらでも並んでいて、傑作もあればそうでもないものもあります。
ただ、個人的なことを言いますと、主人公が「働く女性」という自分と近いパーソナリティを持っているからこそ、文中に潜む小さな違和感に過敏に反応してしまうきらいがあります。

いや、そんな口調で話す子なんていないから。
え、インスタそんな風に使わないから。
やたら服装のこと細かく書いてるけど、そのコーディネート変じゃないですか。

いくらストーリーに共感できたとしても、物語を彩る小道具たちの形や配置に違和感があると、そこに引っ張られて全体が空々しく感じられてしまい、純粋に楽しむことができないのです。
以前ある小説で、女性が身支度をするシーンに「薄いストッキングが破けないよう、慎重に足を滑らせる」といった表現を見つけた瞬間に少し冷めてしまったことがあります。案の定、作者は男性で、おそらくストッキングを履いたことも履いている誰かの様子も見たことがないまま、想像で書いたのでしょう。(ストッキングは蛇腹状に折りたたみ、足に沿わせて少しずつたくし上げていくのが正解です。靴下の履き方とは全く違うのです)
リアルを知っているからこそ、ちょっとした違和感を目ざとく見つけてしまう自分がいます。まるで口うるさい姑のように。
だから、あまり年齢の離れた作家の「働くOL小説」みたいなものは敬遠しがちでした。

そこに、山本文緒さんです。

違和感が微塵もない。主人公どころかその他の人物の行動も思考も、全て整合性がとれていて、「32歳の私の目から見た世界」そのものなのです。
どうして60歳を前にした方に、こんなことが出来るのでしょうか。
他の多くの大御所作家たちが挑戦して、失敗してきた部分だと思うのです。

鬱病との戦いを克服し、7年ぶりに書かれたというこの物語。
自己と見つめ合った長い時間に、山本さんは、他者の心をありありと想像することのできる共感性(エンパシー:その人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる知的作業)を磨き抜いたのかもしれません。

発刊の際に、Twitterで喜びの声を上げてらしたこと、表紙のデザインをとても気に入って感激してらっしゃったこと、1人のファンとしてとても嬉しくわくわくしたことを覚えています。

今、山本文緒さんの最新刊であり遺作ともなった『ばにらさま』を読んでいるところです。
短い短編が連なり、結末には読み手によって様々な解釈ができる余白が残されているところに、山本さんらしい作風を感じます。

もっと沢山、読ませていただきたかったです。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


<了>

記載したSpotifyのリンクから聞くことが出来るのは、番組の一部を抜粋したものです。BGMや、番組を応援してくださっている「金沢ビーンズ明文堂書店」のベストセラーランキング、金沢ビーンズの書店員である表理恵さんの「今週のお勧め本」は入っていません。完全版はradiko で「木曜日のブックマーカー」と検索すると過去1週間以内の放送を聞くことが出来ます。

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