猫の名前。
「名前、何が良いかな?」
彼女の視線の先にあるソファーでは、小さな猫が大きな欠伸をしている。
雨に打たれた仔猫を、彼女が拾ってきたのは昨日の夜のことだった。
ミルクに浸したキャットフードは、あっという間に仔猫の胃に消え、夜が明けてもソファーの上から動こうとしない。
「強そうな名前が良いと思うんだ。」
彼女は嬉しそうに話す。
「じゃぁ、龍君にしようか。」
僕は特に理由もなく、彼女に言った。
強そうな名前と言われて、一番初めに浮かんだ名前だ。
「うーん。」
「でも、龍よりも雲のほうが強いんじゃないかな?」
「龍の絵って、雲に隠れてたりするじゃない?」
彼女は納得のいかない顔で話す。
「じゃあ、雲君にしようか。」
僕は強さの基準が解らないまま、話を合わせて頷いた。
「でも、雲は風に流されちゃうよ?」
「雲よりも、風のほうが強いよね。」
「風ちゃんにしようか。」
彼女は笑って言った。
「でも、風は壁を通り抜けることは出来ないよ?」
「壁のほうが強いんじゃない?」
壁なんて名前の猫が、世界にいるんだろうか?
僕はイタズラをする子どものように、小さく笑って言う。
「でも壁はネズミにかじられて穴が空いちゃうわ。」
「トムとジェリーの家みたいに。」
「ということは、ネズミちゃんだね。」
彼女はそう言うと、子どもの様に笑った。
「いや、違うよ。」
「ネズミは猫に捕まっちゃうよ。」
「だから、猫君になるんじゃない?」
僕は彼女と目を合わせると、大きな声で笑った。
「そうだね、猫君か。」
「よろしくね。」
彼女は仔猫に向かって呟くと、冷蔵庫からミルクを出した。
ソファーの上の仔猫の猫君は、目を閉じたまま、大きな欠伸で返事をした。