始まりは「デザイン千本ノック」から:地方の中小ウレタンメーカーがクラウドファンディングに挑戦した話(1)
初めまして。
株式会社出口化成の代表取締役社長を務めています、出口泰博です。
株式会社出口化成は、30年以上にわたって中部圏を中心とする全国各地のお客さま向けにウレタン(軟質ウレタンフォーム)を製造・供給している、三重県の会社です。
いちマテリアルメーカーとして技術を磨き、知見を養いつづけてきた私たちですが、今年6月には新たな取り組みとして、自社で開発したソファをリターンとするクラウドファンディングに挑戦しました。
いわゆるD2Cブランド展開の第一歩として取り組んだ今回のクラウドファンディングは、おかげさまで達成率600%超という大成功のうちに終了することができました。
このクラウドファンディングを実施するにあたって、最も大きなモチベーションとなっていたのは、「新しい挑戦に取り組みたい」という思いでした。
ウレタン業界は今、業界全体として後継者不足の真っただ中にあり、事業の縮小や廃業を余儀なくされている会社も少なくないのが実情です。
こうした無念な状況に歯止めをかけるべく、ウレタン製造という事業の「かっこよさ」や魅力を、業界内外の多くの人たちに伝えていきたい。
今回のクラウドファンディングは、そのような思いから試みてきたいくつかの挑戦の一つでもありました。
このnoteでは、このクラウドファンディングの実施をめぐる紆余曲折について、前史にあたる部分も含めて書いてみたいと思います。
中小企業のリアルに関心のある皆さんに少しでも興味をもって読んでいただければ、そして私たちと同じような立場で日々頑張っておられる中小企業の皆さんにとって少しでも参考になれば、これほど嬉しいことはありません。
一本の記事にはまとめきれないため、数本に分けるかたちで書いていきますが、どうか気長にお付き合いいただければ幸いです。
デザイナーとの顧問契約、そしてデザイン千本ノック
2020年10月、弊社はとあるプロダクトデザイナーの方と、デザインに関する顧問契約を結びました。
その方とは、以前からデザインとは違った文脈でお付き合いがあり、それまではいち取引先として、メーカーと購買担当のようなかたちで関わっていました。
まさか顧問契約のようなかたちで関係を結びなおすことになるとは、それまでは予想もしていませんでしたが、私も新規事業の展開などについて頭を悩ませていたタイミングだったため、思い切ってお力添えをお願いすることにしました。
ただ、顧問契約を結んでみたはいいものの、正直なところ何をしてもらったらいいのかすら、最初の時点ではよくわかっていないところがありました。
すでにその当時、家具の自社製造・販売を新規事業として行っていく可能性についてはある程度考えていました。
しかし、実際にどういう家具を製作していけばいいのか、そもそもどういう家具がいいものなのかといった具体的なビジョンはほぼまったく見えておらず、デザインをお願いするにもお願いの仕方がまずわからない、といった状態でした。
デザイナーさんも、立場は異なれど同じようなことを思っていたのでしょう。
せっかくデザインラフを描いても、そのラフがデザインとして正解かどうか判断する力がクライアントの側になければ、かけた時間が無駄になってしまう可能性は大いにあります。
デザイン制作の下準備として、そもそもいいデザインとはどのようなものか、クライアントである私の側が学ぶ必要があった。
そんなわけで、顧問契約を結んで最初の1年間は、いわば「デザイン千本ノック」に取り組む日々となりました。
日々いろんなミッションが課されました。
「京都にある〇〇という美術館に行ってみてください」「岐阜で今度開かれる△△という展示会を見てきてください」……といった具合に。
それらを受けて、私は仕事の合間合間に、全国各地の美術館や展覧会、建築物などを訪れました。
東京にもたくさん行きました。
世界的に有名な建築家である隈研吾さんが建物のデザインを手がけた、中目黒の「STARBUCKS COFFEE RESERVE ROASTERY TOKYO」は印象的でした。
あまり知られていないかもしれませんが、実は家具の中には有名な建築家がデザインを手がけているものが数多くあり、隈研吾さんも家具の業界において、ものすごい権威を持っておられます。
ほとんど何もデザインのことを知らない自分のために、デザイナーさんは貴重な時間を使って絵を描いてくださる。
そうである以上、作っていただいたものの価値をきちんと理解して十二分に生かせなくては、もったいないし失礼にあたります。
いいデザインに直接ふれて、良し悪しを自分なりに学んでいく機会を与えていただいたことは、その意味で本当にありがたいことだったと今にしてみても思います。
「千本ノック」と称するには、それはゆるやかな積み重ねではあったかもしれません。
基本的には、家族旅行などのついでにいろいろなところを訪れて回る繰り返しだったので、元々フットワークの軽い私にとっては、それは楽しくこそあれ苦ではありませんでした。
そんなふうにして、「どこに行ってきた」「どんなものを見てきた」というやりとりをデザイナーさんと繰り返しながら全国のあちこちに足を運ぶ日々が、丸1年ほど続きました。
見えてくる、家具の成り立ち
そうこうしていると、これが不思議なのですが、家具というものがどのように作られているのか、その成り立ちのようなものがだんだん見えるようになってくるのです。
岐阜県の北部に飛騨という地域があります。
飛騨は家具の名産地の一つですが、実際に足を運んでみると、木製の家具がものすごく多いことがよくわかります。
ダイニングセットにしても、一枚板の木製のテーブルに木材だけで組み立てられたチェア、といった商品が非常に多くを占めます。
逆に、ウレタンが使われているソファのような製品は、どちらかというとあまり見かけません。
これに対して、弊社にもほど近い愛知県では、国内におけるウレタンの発祥地ということもあり、ウレタンを使った家具が非常に多く生産されています。
その一方で、木材を使ったものを見かけることはありません。
フレームが木製のソファであっても、「総張り」といって、生地で全体を覆って脚以外の木材しか見せないようにデザインされた製品が多くを占めます。
物流が整ってモノがなんでも手に入りやすくなった現代とはいえ、どのようなモノにどれだけ入手コストがかかるかは、地域によってやはりまちまちです。
また、ある素材の産地が近くにあれば、当然その素材をじかに吟味する機会も豊かになりますから、その素材の魅力を引き出す商品も製造しやすくなります。
考えてみれば当たり前のようにも思えますが、地域の特性によって、やはり家具の素材や形は大きく違ってくるのです。
同じように地域差が関わる話としては、家具の奥行きの違いがあります。
福井県を訪れたとき、おやと思ったことの一つに、家具の奥行きが全般的に広いということがありました。
これは、同県においては一軒家の所有率が比較的高く、大きな家具を搬入・配置しやすい住環境がマジョリティを占めているからです。
逆に、東京や名古屋といった都市部では、比較的奥行きの狭い家具がよく見られる傾向にあります。
集合住宅が多く、搬入もエレベーターや階段を使って行うことが多いため、そうした条件をクリアする家具が取り扱われやすいためだと考えられます。
こうした地域による特性のようなものが見えてくると、それを踏まえて「だとすれば、うちはどんな家具を作っていけばいいのか?」と問うことができるようになってくのです。
おそらく、言葉で教わっただけでは養えなかった感覚だろうと思います。
1年間かけていろんな場所に足を運んで、実地でいろんなものを見てきた経験が、点と点がつながって線をなすようにして、少しずつ結びつきを得ていった。
「デザイン、何もわかりません」から「デザイン、わからなくもないかも」というくらいの成長ではあるかもしれませんが、それでも解像度が高まったのは確かだと思います。
実際、変化を実感する出来事もありました。
たとえば、ウレタン資材を取引先の家具メーカーさんに納品する際などには、先方の担当者と家具の話をする機会が多々あります。
そうした会話の中で、明らかに以前と比べて、家具の話を解像度高くできるようになっている手応えがあるのです。
一方的に何かを教わるというよりは、立場は違えど対等に近いかたちで、家具やデザインについて情報をやりとりできている自分に気づいたとき、成長を感じて嬉しく思ったことを覚えています。
さらに、家具のデザインの発注にまではさすがに至らないにせよ、家具関連のウレタンの受注が、以前と比べて明らかに増えました。
「家具やデザインそのものについて、多少でも知見のあるメーカーに発注したい」というお客さんの心情は、よく考えれば当たり前のものですが、具体的な数字としてそれが表れてきたときには、なるほどとしみじみ思わされました。
思わぬかたちでいわば「副産物」のように得られた成果ではありましたが、1年間の積み重ねが形になったようで嬉しかったです。
そんなこんなで、デザイナーさんと出会って丸1年が経ち、契約を更新するタイミングで、いよいよ「クラウドファンディングに挑戦してみたい」という話をすることになります。
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