61.モロッコ音楽シーンとグナワ・ミュージック = Bab L'Bluz
Bab L'Bluz(バブ・ルブルーズ)はモロッコのマラケシュで結成され、2020年デビューの新星です。グナワ・ミュージックという北アフリカの伝統音楽と60年代以降の欧州ロックのダイナミズムを組み合わせ、新世代のモロッコ音楽を生み出すことに成功しています。デビューアルバムの「Nayda!」のタイトルはモロッコのNayda(ナイダ)ムーブメントから。もともとモロッコはイスラム国なので西欧のロック音楽は禁止されていました。2003年にはヘヴィメタルのミュージシャン14人が「悪魔的な音楽を演奏した」罪で収監されたりしています※1。厳密なイスラム原理主義を進めようとしたモロッコは1970年代から90年代にかけて全般的にロック音楽は禁止されてきましたが、1999年に若い国王に世代交代したことを契機に若者向けのラジオ局やロック音楽への締め付けが弱まります。先述したように2003年にメタルミュージックへの弾圧はあったものの、ロック音楽を取り入れたバンドが様々に生まれ、そうした新しい音楽や芸術、文化のムーブメントを「Nayda(英語だと「Up」の意味)※2」と呼びます。その流れを汲むものとしての宣言ですね。女性がフロントウーマンとリーダーを務めるというのもイスラム世界のモロッコでは新しい世代の力を感じます。もう少し詳しいバイオグラフィーを知りたい方はリリース元のリアルワールドレーベルの情報(英語)をどうぞ。
他にもモロッコ音楽シーンのアーティストをご紹介しましょう。まずはOUM(オウム)。
OUMことOumElGhaïtBentelSahrawy(أمالغيثبنتالصحراوي)は1978年、モロッコのマラケシュで生まれ、2002年から歌手活動を開始。最初はパリで活動した後2009年にデビューアルバムをリリースしています。国際女性デーにユネスコに呼ばれてライブをしたり、この曲はハリウッド映画「ベイルート」でも使われるなど、国際的な知名度を持っています。音楽的にもモロッコ伝統音楽であるグナワミュージックにアフリカ南部のアフロビートやヨーロッパ音楽の要素を取り入れて洗練されたグローバルマーケットで通用する音楽を奏でています。
続けてはMALIKA ZARRA(マリカ・サラ)です。彼女はモロッコ生まれで両親もモロッコの人のようですが幼いころにフランスに移住、現在はニューヨークに移住しているのでフランス系アメリカ人です。彼女がゲスト参加したAMY LEEの曲をどうぞ。
AMY LEEはゴシックロック/メタルバンドEvanescence(エヴァネッセンス)のボーカルとして著名ですが、こちらはソロ作から。MALIKA ZARRAをフューチャーし、かなりモロッコ色が強い特徴ある音楽を作っています。このようにロック音楽からモロッコ音楽への接近も昔から見られます。
古くはLed Zeppelinの「Kashimir(1975年)」ですね。ロバートプラントとジミーペイジはのちのPage & Plantでもモロッコを訪れ、現地のミュージシャンとセッションを行っています。グナワミュージックのフォーマットですね。
少しルーツミュージックとロックから離れて、今のモロッコのヒットチャートも見てみましょう。いわゆるポップスです。まずはZakaria Ghafouli。この曲は再生回数1億回超えとかなり多くの層に響いています。
Zakaria Ghafouliは1985年生まれ、2011年デビュー。ドバイのタレント発掘番組「The Winner Is ...」に出場したことで知名度を得たようです。なお、こうした中東・アラブ系の音楽の中心地はドバイです。世界のメジャーレーベルのアラブ担当部門はたいていがドバイに置かれています。ただ、最近のモロッコの音楽シーンの盛り上がりを受け、世界3大レーベルの一つであるユニバーサルミュージックがモロッコに現地事務所を開設しました※3。ストリーミングの影響で、さまざまな世界でも局地的なスターが発生するようになっています。このビデオも1億回超えですからね。一昔前だとモロッコ出身の音楽家がメジャーになるのはメジャーレーベルのアラブ部門(ドバイ)とコンタクトするか、モロッコと近いフランスの音楽シーンで活躍するかが多かったのですが、メジャーレーベルも世界各地のローカルな音楽の掘り起こしに本腰を入れつつあるのかもしれません。
ヒット曲をもう1曲。Saad Lamjarred。8億回再生。現在モロッコ圏でもっとも人気がある歌手でしょう。
Saad Lamjarred(サアド・ラムジャッド)は1985年生まれで2009年デビュー、こちらもTVオーディション(レバノン制作で、アラブ世界に広く放映されている「Superstar」という番組)出身です。以前紹介したトルコのAleyna Tilikiもテレビ出身でした。オーディション番組からYouTubeでのヒットというのが、グローバルに見た時に、現代の新しいポップスターが生まれてくる道筋なのかもしれません。
もう一つ、モロッコで盛り上がっているのがクラブミュージックです。フランス、パリはクラブが多く、シーンも盛り上がっていますが、けっこうモロッコ出身のDJやトラックメイカーがフランスで活動しています。少し砂漠的というか、やはりフランスのDJとは違う雰囲気のある音楽が多く、独自の存在感があります。1曲どうぞ。
モロッコのクラブミュージックと言いつつ...実はこれは日本人。Radiqはパリに拠点を置くYoshihiro Hannoによるプロジェクトなのですが、モロッコにあるCosmo Recordsからのリリース作。モロッコからリリースするだけあってモロッコ的なトラックになっています。モロッコのクラブミュージックシーンについては、このCosmo Recordsの5周年記念ドキュメンタリービデオを見ていただくのが分かりやすいでしょう。いろいろなアーティストが出てきます。
以上、今回はモロッコ音楽シーンの紹介でした。
モロッコの隣はアルジェリア。アルジェリア出身のsoolkingも以前取り上げました。音楽性はそれぞれ違うものの、ルーツである中東的なメロディをうまく取り入れて個性にしている印象です。
アラブ音階はうまく他の要素と組み合わせると複雑で新鮮に感じますね。それでは良いミュージックライフを。
※1 似た話はエジプトでもあり、イスラエルのOrphaned Landはその事件をテーマにした曲を作ったりしています。以前取り上げた記事はこちら。
※2 英語の記事ですが、Naydaムーブメントについて詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。Naydaムーブメントの代表的なバンドとしてはHoba Hoba Spritなどがあげられます。
※3 ユニバーサルミュージックのモロッコ進出のニュースはこちら(英語)。モロッコとイスラエルに同タイミングで進出しています。