Oki / Tonkori In The Moonlight 月明りのトンコリ(2022、日本)
”辺境”と”中央”の止揚度 ★★★★★
トンコリとはアイヌに伝わる伝統的な弦楽器で、通常は五弦であることから「五弦琴」と訳される(三弦や六弦の物もあるが、非常に稀)。江戸時代には北海道の宗谷地方やオホーツク沿岸地域、天塩(美深)などでもほぼ同じ楽器が存在し「カー」と呼ばれ演奏されていた文献記録があるが、近代までに伝承は途絶えた。現在判明している製作法や演奏法は、すべて樺太アイヌのものである。
ギター等と異なりフレットがないだけでなく、弦を指板におしつけて音を変えることなく、開放弦のまま演奏する。したがってハープ等と同じく基本的には弦の数(つまり五音)しか音が出ない。調弦は樺太の東海岸と西海岸とで違うとされる。ギターやハープの元型とも言われる西アフリカのコラにも近い音色だと感じたが、コラは21弦あるのに対してトンコリは5弦なので出せる音のバリエーションは少ない。楽器特性はむしろ(音程が限定されている)アフリカの親指ピアノにも近い、と言えるかもしれない。
このトンコリ奏者の現代の第一人者がOKIだ。
厳密にはOKIは「伝統トンコリの奏者」ではない。樺太アイヌの伝承者からただ一人1960年代に直接指導を受けた邦楽家の富田友子(歌萌)とされており、彼女以外に伝承者から直接指導を受けた演奏家はおらず、彼女の弟子筋でなければ録音からの独自の復元演奏もしくは想像による演奏である。OKIも独学で自分のスタイルを生み出したトンコリ奏者だ。
OKIは1957年生まれ。本名は加納沖。彫刻家と画家の両親から北海道で生まれ、神奈川で育つ。茅ヶ崎高校卒業後、東京芸術大学美術学部工芸科を卒業。大学在学中に自分がアイヌの血をひいていることを知り(母が再婚していたが、実父がアイヌ)、アイヌ文化に興味を持つ。旭川市の川村カ子トアイヌ記念館の館長で親戚である川村兼一からもらったトンコリを独学で学び、1996年にファーストアルバム『Kamuy Kor Nupurpe』をリリース。アイヌ文化、伝承の復刻に挑戦を始めるとともに、ダブなどの現代西洋音楽と融合し「現代の大衆音楽」としてアイヌ音楽を復活させている。
独学でトンコリを学んだ、とはいえ、アイヌの伝統文化の継承、リニューアル(というべきか、現代に合わせた変化)も行っており、アルバム『トンコリ』(2005 年)では、昭和20年代から 30年代にかけて研究者などが収集した西平ウメ、白川クルパルマㇵ、藤山ハル(エ ソㇹランケマㇵ)などの演奏音源を元に、トンコリ奏者として古典に挑戦している。
本作はOKIがその活動初期の10年間、1996年から2006年の間にリリースしたアルバムからUKのレーベル”Mais Um Discos”が選曲したコンピレーションアルバムである。
1:OKI – Drum Song 1996 「KAMUY KOR NUPURPE」
2:OKI – Kai Kai As To (Rippling Lake) 1996「KAMUY KOR NUPURPE」
3:OKI feat. Umeko Ando – Iso Kaari Irehte (Bear Trap Rhythm) 1999「HANKAPUY」
4:OKI – Yaykatekara Dub (Love Dub) 2004「DUB AINU」
5:OKI – Tonkori In the Moonlight 2005「TONKORI」
6:OKI – Afghan Herbal Garden 2004「DUB AINU」
7:OKI feat. Umeko Ando – Iuta Upopo (Pestle Song) 2003「UPOPO SANKE」
8:OKI feat. Umeko Ando – Cup Kamuy Ho (Wake Up Sun) 2003「UPOPO SANKE」
9:OKI feat. Umeko Ando – Battaki (Grasshopper Dance) 1999「IHUNKE」
10:Kila & OKI – Oroho Raha Mokor Mokor (Sleep sleep)2006「KILA&OKI」
11:OKI – Wei Ne 2002「NO ONE’S LAND」
アイヌ音楽だけでなく他の地域との音楽の連続性にも目を向けており、7曲目「 Iuta Upopo (Pestle Song)」ではホーメイ(喉笛)でトゥバ音楽演奏家である等々力政彦が参加している。7-9曲目はOKI feat. Umeko Ando(安東ウメ子)名義。安東ウメ子(1932年11月20日 ‐ 2004年7月15)は北海道帯広市フシココタン出身のアイヌの音楽家。 ムックリ(口琴)とウポポ(歌)の名手。こうした「上の世代」の歌声を記録として残し、世界に流通させた功績は大きい。
本作をリリースした”Mais Um Discos”は他に民謡クルセイダーズの作品も欧州に紹介しており、「グローバルミュージック」の一つとしての日本音楽の紹介に力を入れているようだ。本作はフィジカル(CD、LP)が欧州で流通するとともに、US向けのTidalでも配信されていた。ストリーミングサービスは各国によって配信が異なる。世界に対してOKIの音楽が配信され、広く聞かれるようになることは嬉しい。
音楽とは移ろいやすいもので、だからこそ時代を写す鏡になりえる。その中で「伝統を守る」と「時代とともに変化する」、そのせめぎあいを通じて演奏家・音楽家の生き様が立ち上がってきて、シーンや文脈が生まれる。変化がなければやがて消え去っていくし、変化しすぎても別物となる。これは私たち人間や生命そのものに等しいかもしれない。ただ、その変化の中には「私」という連続した命がある。米国に禅を伝えた鈴木大拙が「米国と日本という異なる文化、矛盾する哲学や(禅の)理論が結合するのは”私”という個人の生き方を通しているからだ」というようなことを言っていた。各種矛盾するもの、相反するものを飲み込み、演奏家の肉体や精神を通して音楽や芸術として表出し、そして世代が変わっていく。「変わっていくもの」と「変わらないもの」。それは「辺境」と「中央」という構図とも言える。アイヌという「辺境」と東京(または西洋音楽)という「中央」、両方の視点を持ちながら現代を生きるOKIという一人の芸術家を通して表現される音楽は心地よい思索に誘ってくれる。入門編として適した本作を通して、この豊穣な音楽が日本国内でも広く聞かれて欲しい。