CONVERGE & CHELSEA WOLFE / BLOODMOON : I
総合評価 ★★★★★
「ヘヴィさ」とは何か。音楽で表現できる「重さ」は音圧や純粋な低音のこともあるが、ダークな質感、沈み込む感覚をどう感じさせるか。喜怒哀楽の中で怒や哀、苦悩や苦悶といった表情を音楽で描き出すことも「ヘヴィさ」だろう。そうした手法としてディストーションギターやスクリーム、獣の咆哮のようなグロールなどが生み出されてきたが、よりダークで沈み込むような音像が00年代ごろから現れてきて、ポストメタルやポストハードコアと言われるようになった。ポスト=後の、つまり「メタル後」「ハードコア後」ということで、メタルやハードコア(の中の一部のジャンル)が表現しようとしていたものをより突き詰めたスタイルで表現しよう、という動きだ。コンヴァージはポストハードコアの代表的なバンドの一つであり、そのコンヴァージとゴシックSSWであるチェルシーウルフが組んだ本作は、まさにそうした「ヘヴィさ」を音でどう表現するか、に対する2021年時点の回答とも言える音になっている。
こうした音像は、直接的には91年のグランジムーブメントに端を発するのだろう。グランジ、そしてそれに対するスロウコアといった「暗鬱さや苦悶を感じさせる音楽」が商業的成功をおさめ、一気に拡散した。もちろん、グランジも突然変異ではなく70年代、80年代のドゥームやハードロックが下敷きにあるわけで、「ヘヴィさ」は繋がっている。そもそもブルースは「ブルー(憂鬱)」を歌った音楽であり、最初から「(感情の)ヘヴィさ」を内包していた。その精神性というか、「聞き手が感じる”重さ”」を追求し、たどり着いたスタイル。
かつ、本作で特筆すべきは「美しさ」だろう。メロディが美しい。暗鬱な中にも流れるようなメロディが潜んでいて、後半になるにつれてはっきりと表れてくる。後半は一部ピンクフロイドのような抱擁感、安定感まで感じさせる。生きる苦悶、苦悩から離れて生死の境、異境にたどり着くような構成になっている。いわゆる「正統派メタル」からは何世代か音が離れているのでもはや「メタル」というにはだいぶ離れた音像になっているが、「ヘヴィさ」によって得られるカタルシスとしては同質のものがある。特に本作はそうした感情がだんだんと浄化されていく、そうしたものもいつまにか溶け込んで流れていくような力強さがあり、感動を呼ぶ。傑作。
1 Blood Moon 7:50 ★★★★☆
不穏なノイズ。アコースティックピアノの音、呪術的な声。ドゥーム、ゴシック、オカルト的な世界観。定位が定まらずリバーブで揺れるような声。老女と少女、不穏なギターノイズがオオカミの遠吠えのように鳴っている。タイトルが「血まみれの月」。人狼だろうか。ビートが入ってくるが激走、ハードコアというよりはスロウで落ち着いたヘヴィネス。ニューロシスなどポストメタル勢に通じる酩酊感のあるダークな質感。その上を女性ボーカルが踊る。Converge側のスクリーム、ハードコアスタイルのボーカルが入ってくる。激情性が増してくるが不穏な雰囲気を色濃く漂わせる紫色の煙のような、瘴気のようなドローンノイズが続く。ブラックサバスの1stアルバム、湖畔にたたずむ魔女のような音像。決まったビートやハーモニーより間合い、日本の純邦楽のような「間合いとタメ、演者の肉体の躍動に合わせた音」とでも言うような、オーガニックな変化。前衛劇の劇伴音楽のような。自由なメロディと互いの演奏者の間合い、呼吸によって紡がれていくような。この自由なボーカルラインはBjorkにも近いかもしれない。後半になるにつれて苦悩、苦悶の叫び声が重なっていく。フリージャズのような、Amon DullのYetiをゴリゴリと現代の音響技術で精緻化したようなのようなヘヴィで有機的な音世界。
2 Viscera Of Men 5:29 ★★★★★
一気に疾走に。前曲からシームレスに繋がってくる。最初だけ疾走したが途中からまた間合いというか、互いの呼吸によってビートが変化するような、生身の間合い、タメを感じさせる緊迫感のあるパートに。バンドが一つの生き物のようにうごめく。リングア・イグノタの絶望感にも世界観は近いものがあるが、こちらはバンドサウンドの肉体性、躍動感が足されている。うめき声、叫び声が背景に充満している。闇夜の森、隔世の異空間を描き出す音像。なんだろう、暗黒の能というか歌舞伎というか、ああいう時間を必要に応じて伸縮させるような感覚がある。リズム、というのが西洋においては一般的に時間を一定の拍に区切ることだとしたら、時間を伸縮させる音像。それも「音楽」の一つの効用なのだ。ヘヴィミュージックの「ヘヴィ」とは、何をもって「ヘヴィ」なのか。人の感覚に与える「重さ」、それは沈み込む感覚であり深淵を覗く、沈むことでもある。ポストメタル以降の「ヘヴィネス」はこうした質感に踏み込んできている。
3 Coil 6:08 ★★★★★
静謐なオープニング、ダークファンタジー的な音像、ハープシコードの上で小鬼がささやくような声。ファンタジーにはリアルな苦悩を昇華する、一つクッションを挟んで対象化することでより耽溺しやすくする効果がある。生々しい事物を介さず、感情だけが緩やかに潜っていく。ダークな世界だが美しさがある。暗闇の中に青や紫の光が舞うような。夜のディズニーパレードみたいな、というとポップに表現しすぎか。あれよりははるかに重いが、そうだなぁ、指輪物語のような、とでも言うか。さまざまな苦悩や苦悶がありつつ、それらを煮込み、煮立て、気化させていく。感情の坩堝の中で様々なものが溶け合っていく。ヘヴィさの中に煌めく美しいメロディ。後半になるにつれてわかりやすい、くっくりとしたメロディが浮き上がってきて、ビートも一定のリズムになる。時間軸がはっきりし、意識が覚醒していく。ノイズの残響音が長い余韻を残し去っていく。
4 Flower Moon 4:38 ★★★★☆
空間の広がりを感じさせる音、ピアノ、ベース、古びた廃墟を歩いていくような。どこか人気のない、がらんとした建物。定位が掴みづらい。音が浮遊していて地面がどこにあるのか分からない。さまざまな音が鳴っているが中心部が空洞になっているような不思議な音像。かなりスロウでドゥーミーなリフだが不思議と重さはあまり感じない。そもそも質量を感じないというかどこか浮き上がっている。低音域をカットしてこういう効果を出しているのかな。それなりに音域としては広く鳴っている感じがするのだけれど。今までの曲で埋めていた音域とはやや違うところに中心がずれている。
5 Tongues Playing Dead 4:12 ★★★★☆
やや激情性が増す、ハードコアな音像に。音はまだやや浮いた感じが残っているがゆがんだギターサウンドが空間を埋めてくる。ビートも走り始め、曲としての輪郭が浮き出てくる。つかみどころのない空間の中に現れる建築物。ボーカルはかなり強めのスクリームだが全体の音像の中に埋もれていて、「音の壁」の一部になっている。ベースがかなりブリブリしていてギーザーバトラー的というか、呪術的。反復するボーカル、コーラスフレーズ。グルーヴィーなメタルやハードコアとしての輪郭がしっかりあるポストメタル曲。「曲」としての魅力は高い。リフがブラックサバス的。
6 Lord Of Liars 3:21 ★★★★★
ちょっとLed Zeppelin的なリフ。イミグラントソングのリズムというか。そこに女性ボーカルが切り込んでくる。これもロバートプラント的でもある。ああいう70年代HR感もあり、この曲には遊び心を感じる。ただ、細かいサウンドレイヤーを緻密に重ねていく手法は現代ならでは。ノイズやリフ、ギターなどが積み重なり、消えていき、複雑な模様を織り成している。フックがある、メロディアスな間奏部。プログレ的とも言える。Zeppの影響を受けた初期Rushをさらにポストメタル化したような曲。Toolにも少し近いかも。
7 Failure Forever 4:02 ★★★★☆
お、ギターサウンドが変わった、よりハードロック的になった。太いギターサウンドでヘヴィなリフ。ハードロックといってもUSハードロック。90年代のグランジっぽいな。パールジャムとかサウンドガーデン、マザーラブボーンの音。歌メロもメロディアスでしっかりしている。2021はロック(だけでなくUS音楽全体とも言える)の転換点となった1991から30年で、さまざまな91年のアルバムのリイシュー(ブラックアルバムやネバーマインドを筆頭に)が行われているが、そうした頃に戻りつつ今の音像を組み合わせている感覚がある。ここのところ80年代リバイバルはあったが、いよいよ90年代リバイバルがあるのかもしれない。「リバイバル」が起きるということは、「その時点の音からトレンドが離れている」ことが必要で、90年代の音像はずいぶん長くその後に影響を与えたからなかなか消えなかった。ただ、今こうして聴くと「90年代初頭的な音」はまた新鮮に響く。昨年のHUMの復活などもこうした流れの中にあるのかもしれない。
8 Scorpion's Sting 5:48 ★★★★☆
民族音楽的な、ペイガンフォーク的な響きもあるバラード。どこかトラッド的な響きがある。流麗なメロディ。ゆったりと櫓で舟をこぐような。深い霧の中の湖、あるいは川に漕ぎ出す、流れていく。Swallow The Sunのレクイエムを思い出したが、あそこまで冷たく、悲しみに満ちた音像ではなく、もう少し温かみ、郷愁がある。氷雪に閉ざされた闇ではなく、篝火というか。ちょっとピンクフロイド的というか、デヴィッドギルモア的なギターサウンド、フレーズが出てくる。ピンクフロイドに比べると1.2倍ぐらいテンポ感は速いが、ああいう揺蕩う感じの響き。ああ、川だし、Endless Riverに近い響きなのかもしれない。
9 Daimon 6:59 ★★★★★
後半になるにつれて音像が変化してきた。だんだん深部に入ってくるというか、精神世界の深奥に入ってきた感じがする。ドゥーミーなリフからバンドが入ってくる。ヘヴィなオカルトロック。しっかりとしたリフとメロディがある。スクリームとボーカルメロディが絡み合い、ギターリフも絡み合い、メロディが多層に織り成されているが一つ一つのフレーズは断片ではなくそれぞれがストーリーをもって流れていく。いくつものメロディの流れが互いに支流として流れ込み、一つの大河になっていく感じ。静謐なパートでは何かをこぐような、三途の川を渡るような、生と死の間を旅するような情景が浮かぶ。
10 Crimson Stone 6:47 ★★★★☆
幽玄な響きが続き、美しいメロディ、流れるようなメロディがより際立ってくる。Opethあたりにも近い、「初めて聞く気がしない」自然なメロディ。鼓動のようなリズムも入ってくる。気が付けばだいぶ温かみのある音像になっている。無条件の温かみ、優しさといったものではなく、あくまでヘヴィさ、暗黒感や苦悩感はあるのだけれど、どこか受容するような、それを自分の一部とするような融合感がある。途中でメロディが暴れ出す、ボーカルがスクリームに変わる。それすらもメロディが飲み込んでいく。多面性、同時に内在するいくつかの矛盾した感情。あるいは出来事。そうした突発的な出来事をすべて飲み込んで一つのメロディが時の流れを刻んでいく。流していく。
11 Blood Dawn 3:30 ★★★★☆
終曲的な、ララバイのような揺らいだ、ビートレスのバッキングの上を女性ボーカルが泳ぐ。そこからハーモニーが入ってくる。静かな祈りのような曲。旅が終わり、余韻に浸る。