Steve Vai / Inviolate(2022、US)
音の変態度 ★★★★☆
音の魔術師、と呼ばれるVai先生。ギタリストとしてよりルックスがどんどん奇術師みたいになってるからな気がしなくもないけれど、貴重な「大道芸としてのギタープレイ」を伝承する御方。もともとバンドは大道芸みたいなものだし、60年代のギタリストは手品みたいなところがあったからね。バイオリンの弓でギターを弾いて見せたジミーペイジとか、手元を隠して弾いていたリッチーブラックモアとか(手品の種明かしみたいなものでギターソロを弾いている手元を写されるのを極端に嫌がった)。エディヴァンヘイレンもライトハンドを最初は隠していた(背中を向けて弾いた)。今はスーパーテクニックをもったギタリストはたくさんいるし、「どうやって弾いているか」はYouTubeでさんざん見れる時代だけれど、それでも「どうやってこの音出してるんだ」が良く分からないというか、そもそも「理解の範疇を越えているんだろうな」ということが理解できる(ソクラテスの「知らないことを知っている」的な)ギタリストはたくさんいて、現存するギタリストではそういうイメージの筆頭格みたいなのがこのヴァイ。こういう人たちを「変態」とも言うね。
本作も変態ギターが炸裂。多作な人だという印象もあるけれど、実はスタジオアルバムが10年ぶり。まぁ、ライブ盤もスタジオ盤もそんなに変わらない人だけれど、新しい曲を作る、という行為にあまり意味を見出せなかったんだろう。いわゆるザッパスクール(フランク・ザッパのバンドメンバーだった人たちをこういう)の一員で、ザッパスクールはほぼすべてが変態(的テクニック+ザッパ譲りの変態性)なのだけれどその中でも変態オブ変態'sと言ってもいいだろう。そういえばポケモンは同じ個体が変わるんだから「進化」じゃなく「変態」らしい。ピカチュウが変態しようとしています、どうしますか?
10年ぶりということでどんな変態を魅せてくれるかと思ったが、Vaiにしては普通、というか「過去作に比べて明確に新機軸」みたいなものは打ち出されていない。逆に言えば肩の力が抜けたというか、「Vaiの新譜」のイメージ通りの音という印象。ボーカル曲がなく全曲インストなので、Alien Love Secrets(1995)にも印象が近いかも。アルバム全体として大きな流れがあるわけでもなく、単曲が続いていくのでやや物足りなさもある。ミックス的にも地味というか、あまり大仰にダイナミクスが変化しないんだよね。流して聞いているとそのまま流れて行ってしまう、みたいな。分かりやすいドラマは作られていない。
ただ、その分一曲一曲の完成度というか、「匠の技」みたいなものは随所に埋め込まれている。ドラムパターンとかめちゃくちゃ凝っているし、ベースもギターもかなり変態的なハーモニー。もちろん、ジャズの人とか、ジェイコブコリアーみたいな「ハーモニーお化け」みたいな人が出てきているから「ものすごく新規性のある響き」ということではないのだけれど、やはりロック畑の中ではかなり音楽性そのものはプログレッシブ。ただ、「新領域を開拓するために開拓するんだ」という感じではなく「音楽的に心地よくなるために変態なんだ」という、「音楽的完成度」が一番に掲げられた作品のように思う。単純にいい曲を作って、集めてアルバムにした、みたいな。日記みたいな作品とも言える。壮大な組曲もないし、聞いたことがない冒険もないし、アルバム全体を通しての驚くようなコンセプトはないけれど、今のVaiがたどり着いた境地を記した日記帳みたいなアルバム。僕は好きです。
ちなみにレコーディング中片手を痛めた時期があるらしく、残った片手だけでレコーディングしたりしたらしい。聴いてると普通だけど動画で見ると変態すぎる。
おまけ:Zappaにルックスも似てきた気がする。