2020 ベストアルバム10(衝撃盤)
2020年も残り少なくなってきました。一年を振り返り、今年衝撃を受けた10枚を選んでいこうと思います。今年は「衝撃盤」と「愛聴盤」の2回に分けてお送りします。衝撃盤は「このアルバム、凄くね!?」と人におススメしたくなったアルバムです。
「アルバム」とは何か、ということで面白い記事がありました。
アルバムという単位は、別にミュージシャンが生み出したものでもリスナーの欲求が生み出したものでもないじゃない。
(中略)
それがあくまでも、ある時代特有の「規範」だったということで、そこに別に普遍性があるわけじゃない、ということなのね。
(中略)
いま、あえて音楽の世界において最先端があるとしたら、そうした過去の規範からの解放というところはひとつターゲットとして策定できるところなのかもな、とは思うわけ。
確かにこの視点はあるなぁ、と。50分のアルバムがあったとして、それが50分1曲(組曲とか)ならその単位に音楽的な意味がありますが、5分の曲が10曲入っているならそれは単に商業的なプロダクトの単位でしょ、という。
今、これだけストリーミングやネットで「一つの曲」に簡単にアクセスできる中で、アルバムとして聞かれる体験が、あるいは聞く必要性がどれだけあるのだろう、ということは考えていました。「アルバムレビュー」という企画を今年スタートしましたが、「アルバム」という単位で音楽を聴く個人的体験をもう一度取り戻してみようという試みで、同じ課題意識に基づいています。
今年選んだベストアルバムは「アルバム単位」での体験で選んでいますが、「アルバムという形式であること」に意味を見出せたアルバム、と言えるかもしれません。
それでは10枚、どうぞ。
10.Ammar 808 / Global Control/Invisible Invasion
正直、1曲だけ聞いても「普通」というか、それほど衝撃は受けないかもしれません。いわゆるエスニックテクノ。各国(非欧米)の伝統音楽の要素を取り入れたエレクトリックミュージック。ただ、アルバム全体を通して聴くと、だんだん生音の比重が電子音に置き換えられていくというか、生身の肉体が電化されていく、そして生音が取り残されていく、といった作りになっています。人間と機械との関係性の変化を音で感じさせる映像的な作品。説教臭さはないけれど風刺が効いている。コンセプトだけにとどまらず、各要素となっているパフォーマンスのクオリティも高密度。心地よい細部に身をゆだねつつ、やがて全体像が身体の内に浮かび上がってくる。素晴らしいアルバム体験でした。
アフリカ北部の地域マグレブの伝統音楽を近未来化させた前作が世界的ヒットとなったアマール808が、今度は南インド・チェンマイに赴き現地のミュージシャンと古典カルナータカ音楽をバキッと再構築。前作同様安易に電気化したものでないのは言うまでもない。即興によるスリルや楽器隊の妙技/奥義こそきけないがシャーマニックな深味はそのままに、メタリックにカスタマイズされた両面太鼓ムリダンガムをはじめとする打音と脳を揺さぶる重低音、さらに男女のチルアウトな古典歌唱が一体となり、寝落ち寸前の眠りに体が溶けていく時のような快感と、古典とは異質の強烈な刺激を同時にもたらしてくれる。出典
9.Beneath The Massacre / Fearmonger
激走する30分。一応クレジットで各曲分かれていますが、もう全曲ひとつの組曲に聞こえるというか、勢いで押し切られるアルバムです。テクニカルデスの極北。なんというか、1.5倍速ぐらいで延々と演奏が続いている感じ。レコードだったら回転数(再生速度)間違えてるか疑うレベルですね。ちょうど鬼滅の刃が家庭内で流行っていた時期だったので、「これ、鬼との闘いのBGMにピッタリじゃない?」と提案したけれど同意を得られませんでした。なんでだろう。こんなに速いのに(←そもそもの基準が)。
このアルバムに出会ったきっかけは今や貴重な日本語メタルブログ「あさってからでもいいかな...」で五つ星だったから。エクストリームメタルには疎いので、ここの五つ星は聴くようにしています。
カナダ出身のテクニカルデスメタルバンドです。
前作リリース後、Patrice Hamelin(Ds)が脱退。バンドは新たにSHADOW OF INTENTのAnthony Barone(Ds)を加えています。
(中略)
これは前作をさらに激化させた完全なる上位互換。
その一番の要因となっているのが新加入のAnthonyのドラミング。
前任のPatriceも充分凄いDsでしたが、Anthonyは手数足数で完全に上回ってかつてないほどのスピードで突撃しています。今までは時速150kmが限界だったのがエンジンを新調して時速200kmまで出るようになったことで「遅」⇔ 「速」が過去最高の振れ幅になっています。
8.Emma Ruth Rundle & Thou / May Our Chambers Be Full
AOTY(Album Of The Year)といういろいろな音楽メディアやユーザーレビューをまとめているサイトがあって、そこの”メタル”ジャンルで高評価なので聴いてみたアルバム。けっこう穏やか目の女性ボーカルと哀切感漂う絶叫系のボーカルの絡み合いが面白い。なんというか、他者から見ると平熱・平静を装っているけれど内心では慟哭している、みたいな内面を感じたり。孤独感とか怒りとか、日常の中に潜むさまざまな感情、内面の機微を見事にアルバムを通じて描き出しているなぁと感じた作品。感情の起伏に寄り添うというか、感情の起伏が生み出されるというか。すごくパーソナルでありながら開かれた感じも受けました。アルバムを通して聴く時間を通して、自分自身の感情の変化が起きる音楽。
May Our Chambers Be Fullは、アメリカのシンガーソングライター、エマ・ルース・ランドルとドゥームメタルバンドのThouによるコラボレーションスタジオアルバムです。2020年10月30日にSacredBones Recordsを通じて、レーベルの「AllianceSeries」の一部としてリリースされました。レコーディングセッションは、2019年8月にニューオーリンズのHightowerStudiosで行われました。出典
7.HUM / Inlet
HUMはベテランのグランジ/オルタナバンド。こちらもEmma Ruth Rundle & Thouと同じくAOTYで評価が高かったから聞いてみたのですが、前評判なしに聞いたので新人かと思っていました。なんというか青春ギターポップみたいな瑞々しさがあるんですよ。聴く前はジャケットも暗めだから暗鬱な音像を想像していたのですが、印象としては青春ポップというかギターポップ+ドゥームメタルという音像。全体として平常というか、日常的、平温の中に喜怒哀楽はしっかり感じるという奇跡的なバランスのアルバム。先述のEmma Ruth Rundle & Thouもなんというか、普通の声とスクリームを混ぜて喜怒哀楽、さまざまな感情が混ざり合った状態を表現しているように感じて面白いなと思いましたが、こちらはバンドサウンド全体でうまくそれを表している。メロディセンスも素晴らしいです。大げさになりすぎず、かといってシンプルすぎず。繰り返しのパートが多くて、「3分、4分の曲を倍に延ばすような」感じもありますが、退屈かというとそうでもなく、繰り返すことによる酩酊感と、単なる繰り返しではないちょっとした変化みたいなものが上手い。アルバム全体として聞いて行くと斬新なアイデアがたくさん詰まっていて、世界観に浸れます。
USイリノイ州シャンペーンの90年代に活躍したオルタナバンド「HUM」のまさかの2020年リリースの4thアルバムがセルフリリース。23年前の「Downward Is Heavenward」以来の作品となります。所謂FAILUREやSHINERと同様にスペースオルタナやエモグランジサウンドを想定外の流れで創作、後のハードコアバンドがこぞってこのサウンドに手を出し、今でもなおその後遺症が残っているすさまじい影響力があるバンドの再結成作品となります。「Downward Is Heavenward」を踏襲した続編の様なない様で完全に時が止まったかのような佇まいで身震いします。プロデューサーマンとしても著名な Matt Talbottのプロダクションこそこのサウンドの肝で、シューゲイズするギターサウンド、レイジーなヴォーカル、生粋のシューゲイズバンドにはない図太いヘビーグルーブは革新的なサウンドで更にアップデイト化した佇まいは驚愕。出典
6.Neptunian Maximlism / Éons
一応、サンプルとして1曲づつ紹介はしていますが、なんとなく気に入るところがあればできればアルバムで聴いていただきたい。音楽というのは時間の芸術なので、一定の時間を浸ることで得られる感動があります。こちらはその最たるアルバム。めちゃくちゃ長いんですよ。3枚組120分。体力がいります。しかもわかりやすいメロディはないし、集中して聴くのは大変。2日に分けて聴きました。BGMとして流して慣れた方がいいのかも。ただ、音楽体験として新鮮だったアルバムです。曲というか、メロディ、リズム、ハーモニーはあるがいわゆる「曲」としての輪郭は薄く、むしろ、そうした従来の「曲」を構成する要素から離脱しようという意思も感じます。純粋な音色、音の変化によって場面が変わっていくというか、リズム、ビートはしっかりとあるが、その上はさまざまな音が現れては消えていき、一定の連続するメロディの印象は薄い。音楽体験としては衝撃的だが、40分の3枚組で全体で2時間、しかも展開はかなり緩やかなので実験的(エクスペリメンタル)、時間と共に変化する音像に浸り、酩酊できるかとうか。娯楽性や普遍性には欠けるが、個人的には今まで聞いたことがない新しい音楽だと感じたし強い印象に残りました。この酩酊感と「120分」という長尺さ、2時間にわたる「音楽体験」は強烈で、また体験してみたいと思わせる中毒性があります。
ベルギーを拠点とするオルタナティブ・ロック・バンドのネプチュニアン・マキシマリズムが非常に面白いので紹介したい。まず日本語タイトルで大太鼓をフィーチャーしたM①「Daiitoku-Myōō no Ōdaiko」は、バンドの特徴を物語っている。全体的に、日本を含むアジアの民族的な太鼓やリズムに、ロックなドラムや激しいギターが混ざって“混とんとしている”というのが正確な描写だろう。さらに、サクソフォンやブブゼラっぽくも聴こえる謎のリード楽器が多くフィーチャーされている。非常に面白いのでコンセプトだけでご飯が3杯いけてしまうという感じだ。残念なのはミックスでサウンドが洗練されていないことと、少しカオス過ぎて分かりにくいことだろうか。アイディアは斬新なので、誰かにまねされる前に彼らによって洗練されてほしい。出典
5.Oranssi Pazuzu / Mestarin kynsi
北欧メタル:フィンランド編でも取り上げたバンド。フィンランドだから聞いてみました。変態ですね(いい意味で)。聴いていると各要素が濃すぎてうんざりしてくるんですが、また聴きたくなる妙な中毒性があります。
クラウトロックというか、浮遊する反復フレーズとブラックメタル的なアグレッションが整然かつ混沌とした音像を生んでいます。ノルウェジアン・ブラックにも通じるカオティックでダークな世界観ですが、バッキングがけっこうクールでミニマルミュージック的な側面もあり、この組み合わせ方が面白い。
曲とか歌とかそういう単位ではなく、アルバムを通した「体験」。ホームパーティでこれを流していたら不気味がられること間違いなしです。いやな客が来たら流したらどうでしょうかね(←いやなホストになるだけ)。
4.Bab L'Bluz / Nayda!
モロッコ、グナワミュージックとブルースをUKで解釈したロックを融合させて、さらに新しい音楽を生み出したBab L'Bluz、もともとグナワやジャジューカはロックンロール的要素があったというか、レッドツェッペリンのロバートプラントとジミーペイジも魅せられた音楽で、ハードロックにはUS経由でフィルタンリングされた黒人音楽の他に北アフリカの音楽もルーツとして組み込まれていた遺伝子が再び芽吹き、新たな世代を生み出した記念碑。
Bab L'Bluz(バブ・ルブルーズ)はモロッコのマラケシュで結成され、2020年デビューの新星です。グナワ・ミュージックという北アフリカの伝統音楽と60年代以降の欧州ロックのダイナミズムを組み合わせ、新世代のモロッコ音楽を生み出すことに成功しています。デビューアルバムの「Nayda!」のタイトルはモロッコのNayda(ナイダ)ムーブメントから。もともとモロッコはイスラム国なので西欧のロック音楽は禁止されていました。
盆踊り的というか、日本の祝祭にも通じる感覚。北アフリカ~中央アジア~日本はある程度ルーツが共通しているように感じます。だんだんグルーブが骨身にしみてくる感覚。盆踊りのグルーブがだんだん酩酊を呼ぶように。
3.Majestica / A Christmas Carol
ありそうで(?)なかった、クリスマスソングとメタルの融合。メタルは今や音楽ジャンルというよりサウンドスタイルとして確立されているのでいろいろなジャンルと融合しているわけですが、ここでクリスマスソングとの本格的な融合を果たしました。クリスマスソングはキリスト教圏では普遍的なテーマなのでメタルアーティストによるクリスマスソングは珍しくないのですが、このレベルでアルバムまるごと本気でクリスマスソングとの融合に取り組んだのは知る限り初めて。越境・パイオニア精神、そして一歩間違えれば滑るネタなのを真摯な祈りと音楽への愛情で陽性かつアッパーで祝祭的な良質パワーメタルに仕上げるミュージシャンシップの高さに脱帽しました。この手があったか! という衝撃。この曲の祝祭感凄くないですか? アルバム全部がこのテンションなんですよ。今までにない感覚。衝撃。ぜひ聞いてみてください。最初は笑えるんですけれど、途中からその真剣さに感動してくるというか、なぜか分からないけれど(笑いながらも)泣きそうになります。
素晴らしいアルバム、なんというかメロディが祝祭的で歌いやすく陽性(クリスマスキャロルを基にしているから当然だが)、それがパワーメタル、メロスピ的な音像と相性が良い
最初はネタ感というかクスッと来る感じがあるのだが、最後まで一切手抜きがなくアイデアが盛り込まれている
(中略)
特に今はご時世がシリアスというか、その中でこのアルバムをきちんと作り上げた、ここまで純度の高い陽性なメタルアルバムを作り上げたのは凄いと思う
2.Imperial Triumphant / Alphaville
計算された不協和音、前衛音楽というのは「どこまで音楽として心地よいか」という境界を探る音楽だ、という話を前衛音楽家から聞いた記憶がありますが、まさに前衛音楽。どこまで音楽なのか、意外とリズムはありますが、メロディやハーモニーはかなり不快です。そのバランスが癖になる。めちゃくちゃ苦い味が癖になる、みたいな。いくつかのメディアでも絶賛されていますが聞いている人はまだまだ少なそう。これはぜひアルバム一枚聴き通してほしいですね。普通の調性(和音)音楽に慣れている人(=大抵の人)にとってかなり不快な時間だと思いますが、これを一度聴くとたぶん「音楽」として感じられる音の幅が広がります。このアルバムを流す度に家族からクレームが入ります。エクストリームメタルもそれなりに流しているのでたいていのものは聞き流せるはずなのに。不快度というか、人間の本能に訴えかける何かがあるのでしょう。
IMPERIAL TRIUMPHANT(インペリアル・トライアンファント ≒ 帝国の大勝利)は2005年にアメリカ、NYで結成されたアヴァンギャルド・ブラックメタルバンド(カテゴライズが難しい、、、一応英語版wikiではこう書かれていました)です。2020年に4枚目のアルバム「Alphaville」をリリース、こちらはそのアルバムからの1曲。とにかくこれが素晴らしいアルバムです。いわゆるブラックメタル系なのでとっつきづらい音楽性ですが、フリージャズとブラックメタル・ハードコアを融合させて、そこに映画音楽のような「風景・物語性のある音」を組み合わせることで独自の音世界を築き上げています。「ジャズ+ブラックメタル」とか言われもしますが、個人的にはキングクリムゾンの影響も強く感じました。言葉の意味通りの「プログレッシブ(進化的な)・ロック」の最新形とも言えるでしょう。
1.Igorrr / Spirituality and Distortion
これは衝撃盤にして愛聴盤ですね。何回か取り上げてきたIgorrr。前衛的で衝撃的ながら、娯楽性も高くて聴きやすさもあるんですよね(とはいえBGMには不向きですが)。アルバム全体で音のジェットコースター。今作は中東~北アフリカ、砂漠的な音像が大胆に取り入れられていますがバルカン音楽はバロック音楽も取り入れられ、それらが目まぐるしく展開していきます。ヤバい音楽、イッちゃってる音楽を求めている方はぜひ聞いてみて下さい。
Igorrrは1984年生まれのフランス人ミュージシャンGautier Serre(ゴーティエ・セール)の別名で、2010年デビュー。ブラックメタル、バロック音楽、ブレイクコア、トリップホップなど、さまざまなジャンルを組み合わせて、1つのサウンドにまとめています。当初はソロプロジェクトでしたが、2017年にボーカル2名とドラマーが加入し、バンドプロジェクトになりました。1st、2ndは打ち込みやサンプリングが多用された音楽性でしたが、2017年リリースの3rdアルバム「Savage Sinusoid」はサンプリングを排し、実際の演奏によって構築。メタルの名門レーベルであるMetal Bladeからリリースされ、メタル系メディアMetal Injectionは「The Bat Shit Crazy Album Of The Year Award」と銘打って10点満点を贈呈、Metal Hammerのレビューでも星4(5が最高)と、多くの媒体から絶賛されます。
「他では得られない感触」のアルバム
いろいろな音楽=東欧音楽・フランス音楽・現代音楽・クラブ音楽・中東音楽・中央アジア音楽などをサウンドのパッチとしてつぎはぎしたような、サウンドコラージュのような作品
(中略)
後半に向けてどんどんカオスさとポップさ(というよりユーモアだろうか)が増していく印象
以上、衝撃盤ベスト10でした(そういえば「盤」って、レコードかCDの発想ですね。ストリーミングだと(円)盤って通じなくなる言葉かも…アルバムのことです)。今回は「これ凄いでしょ」というアルバムを集めてみました。ぜひ聞いてみてください。「愛聴盤」編はこちら。
それでは良いミュージックライフを。